2014/10/20

金時草・ひのまる・ユニバーサル





キンジソウとモズクとキュウリを和えたの、平らげたあとが日の丸みたい。録画して
おいた1960sの東京オリンピックのときのデザインチームのドキュメンタリー番組を
観た後だったから、そう見えたのかな。番組に出てきた、永井一正さんが手がけた、
サルの出てくるチラシを、二人展の大阪会場のチラシ置き場で見つけて、オランダの
作家友達にお土産(の、ひとつ)として差し上げました。当時のデザイナーが西欧の
デザイナーに、日本のデザインをどう思うか?と尋ねると、私達の真似をしたって 
仕方がないのだ、というような話をされ、伝統的な家紋などを見直すきっかけに  
なった、だとか、ポスターの判型を縦長にしたことで赤が際立った、とか、ピクト 
グラム(トイレのマークなど)の創世記、シャワーを見たこともなかった「図案屋」
(デザイナーは当時そう呼ばれていた)が、どうそれをユニバーサルに:どんな   
国の人にも分かるマークを考案したか。そしてその著作権を、放棄したことも。  

それこそ、同業(デザインやTVCMを生業としていた)の同世代人の話、    
先達、センパイ、パイオニア。あちこち、あれこれ勉強になりました。      
私は学校では英米文学を学んでいたりするのだけれど、わりと「西欧かぶれ」の  
人があまり好きではない。NYやパリに行って活躍している人がダメ、とかいうので 
なくて、私にとっては「どこか」にいったら、出来る、なんてことはきっとなくて、
「ここ」で出来なかったら、「どこか」に行ったってきっとダメなのだろう、と   
思っていたフシがある。それを察知していたらしい大阪の友は、「ああ、やっと  
動いたね」というような事を言っていた。初めて欧州にいってみて、それ(日本で 
だけ!やるのだ、みたいな保守性?)がガラリとかわって、西欧文化・ばんざい★と
なったわけではないけれど、ああ、へえ、なるほど!と思った事は、多々ある。  

日本と違う部分よりも、ああ、なんだ、同じ(感覚)なんだ!と感じることのほうが
多かった気がする。それは、お会いした人の多くが絵や音楽といったユニバーサルに
伝わる・伝える仕事をしている人たちだった、ということもあるだろう。絵描き、 
広告(映像製作)業、ピアニスト、デザイナー、画廊主、写真家、などなど。   
絵は、そう、「PAPIER - 紙」展に誘ってくれた・会場のパトリックさんも言って 
いたけれど、言葉がなくても通じる。よくない・すきじゃない作品は、自分の感覚で
判断できてしまうし、いい!とおもう作品は、何も説明しなくても、いいと分かる。
私の作品をいいな!とおもって、呼んでくれたのだって、そういうユニバーサルに 
伝わる・絵の力だったのだろう、と思う。まだ色々思うことはあるけれど、雑記。 



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