2016/07/20

恩人に贈る絵を作る/小田部さんとの再会あるいは「初めまして」







いてもたってもいられず絵を作りたくなるときがあって、 
今日(といって後で書いてます、7/20)は、故人の恩人に 
「とと姉ちゃん」のオープニングに出てくる青い服の少女の 
絵を作りました。左の絵の作者、奥山玲子さんに。    




昨日、ふらりと東京駅前・oazoの丸善に(これから
仕事で行く予定の佐渡ガイドをかいに)寄ったら、
「アルプスの少女ハイジ」など、沢山のお仕事で有名な
小田部羊一さんの展覧会が、たまたま最終日滑り込み
セーフで見られました。             

小田部さんは、奥村玲子さんの旦那様。玲子さんは、
私の初めての個展のときに、たまたま近くの学校で 
教鞭をとってらして、私が画廊のシャッターを開ける
ときにちょうど、通りかかって(画廊があくのを、 
じっと待っていたわけではないのがすごい、偶然) 
「あっ!ちょっと見てもいいかしら?」と素敵な笑顔 
で、スーッと風のように入ってきて、絵を買って  
下さった。…だけでなく、その後も個展を開くたび 
いらしてくださって、応援してくださった方。  

小田部さんは、玲子さんの追悼の展覧会の時に、遠く
からお見かけしたことはあったのですが、面識はない
に等しいので、芳名帳に名前を書いて、すっと帰ろう
かと思ったら、私の名前を御覧になって、辻恵子さん
って、あの(奥様と交流のあった、そして、朝ドラの
とと姉ちゃん」のオープニング映像の?と、お声を
かけてくださって、感動ものでした。そして握手。 

当たり前のことだけれど、テレビって色んな方が観て
くださってるんだ!と実感したり、絵描きとしての、
ものすごい「先輩」と、畏れ多い人と同じ目線で話が
できていること恐縮したり光栄に思ったりする。一体
何年くらい絵の仕事に携わってらっしゃるんだろ?と
素朴な疑問が。約55年、とのこと。私は(玲子さんが
ふっと寄って、絵を買ってくれた)初個展から数えて
18年。まだまだ半分にも満たないんだ。      

小田部さんいわく、「とと姉ちゃん」のスタッフロール
を見て、「辻恵子」さんて、あの(玲子さんが応援して
いた)人だよなあ、他に居ないよなあ、と思っていて 
くださったとか。お家に、きっと玲子さんが手にいれた
私の小作品があるし、覚えていてくれたんだなあ、玲子
さん、私の事、どんな風に話してくれていたんだろ。 

小田部さんにとっては妻、私にとってはずっと静かに
応援してくれていた恩人。二人で、きっと玲子さんが
あれ(とと姉ちゃん)を観たら喜んでくれただろうね
と、話す。何か、色々感慨深くて、ぽわーっとして、
あっ、佐渡のガイドを買いにきたんだった、と買って
外へ出て、東京駅を見上げた辺りでウルウルしそうに
なった。(いかん、ヒトマエだよ!と、堪える)。 

亡き人が繋いでくれたご縁や、亡き人を同じように 
大事に想う人と共に「かっこいい女性でしたね」と、
語らえる幸せと。胸が熱くなるような時間でした。 
不躾だなあ、と思いつつ、サイン、頂きました。  
家宝にしよう。                 




…と、そんなことがあったので、ずっと壁に飾って
あった玲子さんの年賀状(いつも、お正月ちょうど
には、来なくて、少しずれた頃に、銅版画の原画が
届いたなあ)…を見ながら、ご霊前に供える絵を、
製作したくなったのです。ヘッドホンで、「花束を
君に」を聴きながら。             

もう直ぐ春

お仕事どんどんひろがっていきますね

おめでとうございます

R


今、言われてるみたいな気分。
あるいは、予言のような。




人さまに、あまり大きな絵をいきなりお送りしたら
飾る場所だとか、困るかもしれない、と、なるべく
小さな額を使うことにしたら、オープニング映像用
に作ったときも苦労した小さなパーツが更に小さく
なって(当たり前でしょ!)、笑う。負けないぞ。
応援してくれた、玲子さんのためならば!みたいな
変な使命感がムクムクと湧き上がる。      




「涙色の花束」も、小指に乗る小ささです。
喜んでくれるといいな。

✿ ✿ ✿






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