1999/09/09

個展「うさぎ年の夏」








辻恵子個展「うさぎ年の夏1999年9月9日〜9月19日
会場:UBiK(東京・西荻窪)九美洞ギャラリーでの合同展
「Postcard Communication」と一緒にした案内状は
辻恵子自身がデザインしました。









Moe 10月号、 etc, 8月号、Tokyo Journal 9月号にて
展覧会情報を、ご紹介頂きました。




後日(2017)、写真を追加しました






Tsuji Keiko exhibition
The summer of the year of the rabbit
9 Sep - 19 Sep 1999
at UBiK (Nishi Ogikubo, Tokyo)



余談ですが:




多分この個展の時に、(一つ上の写真で
カメラを持っている方とは別の方に) 
撮ってもらった写真が右上のものだと 
思います。左は19年後、2018年。   
このブログ記事に載せた写真より。  




1999/05/10

第二回個展「はさみの使い方」









辻恵子 第二回 個展
「はさみの使い方」
1999/5/10〜5/16
月光荘 画室1(東京・銀座)

*



会期中、偶然取材がきて、主婦の友社の雜誌「雑貨カタログ」に載りました。 
(1999年7月号、103ページ、お求め頂いた絵葉書を手に、という写真も)。 
レポーターが偶然、同学に通っていた方だったのも驚きでした。お互い話を  
したことはなかったけど小さい学校だったので私の顔を覚えていてくださった。
初個展(1998年11月)から翌年に、小さくても雜誌に載るなんて。     
自分で言うのも何だけど、ラッキーだったのではないかしら。        





1998/11/16

辻恵子・初個展






  



1998年11日16日(月)-11月21日(土)に東京・御茶ノ水の画廊文化学院で 
辻恵子の初個展「ちいさなかけら - TINY PIECES」を開催しました。    

この初個展は、ドミノが倒れるように始まった。文化学院の文学科を卒業後、 
美術学校を夏?に卒業した年、文化祭で再訪した母校。在学中に通った画廊を 
いつか使ってみたいなあ、と、事務のNさんにポロリと言ったら即座に担当者に 
通され、会期まで決まってしまった。その後、じつはこの画廊は、教室にされる
計画があり、その工事が早まったので、展覧会をするなら11月(1ヶ月後)迄、
と電話があった。作品は山ほど作ってあったけれど、右も左も分からないまま、
に案内状をデザインしてもらったり色々な人に協力して頂いて実現した会。 
初日に頂いた花が、画廊のドアを開けるとむせ返るように甘い香りを放ってた。
シャッターを開けたら、見てもいい?と、すっと入ってきたのが、近くの学校で
教鞭をとっていた奥山玲子さん(故人)だった。ずっと応援してくださった。

会期中は柄にもなく「この画廊を教室にしないで」という署名運動もした。 
芳名帳の横に、帳面を置いて。一週間でたくさんの人に会って、気が張って 
いたのが解けたのは、搬出後に乗ったタクシーの中。母の肩に頭をあずけて、

《あーーー。こんな、しんどいこと、にどと、しばらく、したくない!》 

と思ったっけ。オレンジ・ジュースを搾ったあとの搾りかすの絵が、具体的に
頭に浮かんだ。 搾ったあとは、再び実るまで 待たねば ならないのよ と
思いつつ。来場くださった方たちが、私に言った「初個展おめでとう!」に 
続く「次の個展も楽しみにしているわ!」という言葉は、「出し切った」後の
私に、残酷に響いた。しかし、それは嬉しい事でもあった。私の絵を見たい
いってくれている人がいるのだから。作り続けねば、と思った。      


                             2013/7/27 記


*奥山玲子さんについては他の記事に何度か書いていますが、
2019年の朝ドラ「なつぞら」のヒロインのモデルになった
日本のアニメーションの創成期に活躍した方。当時はその
こともよく知らなかったのですが、画廊のシャッターを 
開けるガラガラ!という音で、当時、近くの学校(東京 
デザイナー学院)で教鞭を執ってらした奥山さんが驚いた
ようにして立ち止って、目が合い、「前に通った時にも 
気になっていたんだけど時間がなかったの、開けたばかり
なのにごめんなさい、ちょっと見せてもらってもいい?」
というようなことを仰って、どうぞどうぞと私。風のよう
に入って来て、ふーっと見て、この絵をください、と決め
てくださいました(後で旦那様・ハイジのキャラクター 
デザインの小田部羊一さん)にお聞きしたら、そうそう、
そうやってすぐ決めてたね!と)。その後も、個展の時に
いらしてくださったりと、応援してくださっていた方。 
一緒にDOMAの個展にいらしてくださったことがある奥山
さんのお子さんから、私の絵の事を「いいのよー」と  
言ってくれた事、2019年になってから聞いて嬉しかった
り。彼女の没後に、偶然小田部さんと出会えて交流が  
始まったり。そんな出会いが、この初個展の時にあり、 
もしシャッターを開けるタイミングが2秒でも早かったり
遅かったりすれば、奥山さんとも出会えなかったと思うと
恐ろしくもあり、そんな奇跡のような運命のような出会い
できるとは、お互いに引きが強いんだ、とも思います。

                 2019/09/25・追記



ちなみに、こんな入り口です(追記しまくってる
記事なので、下の短文は昨年のメモです)





20周年の個展「20」にて:高校の頃からの友人が、初個展 
会場での私の写真を持って来てくれました。わー、やっぱり
素敵な建物だな!パリみたい、パリ、行ったことないけど!
と、笑いました。     *2018年追記        





2013/12/6 記:15年前に画廊文化学院で開催した初個展の案内状の色校正紙が 
出てきました。切り文字が少し拙い。デザインは「こんなかんじに」に   
伝えてお願いしました。官製はがきより横幅が狭いサイズです。        


2018年2月・記:当時はまだ切ったあとに彩色をしたり、切った後の紙を
一緒の画面に配置せずに捨てていたり(一緒に並べたほうが、より
あなたの作品らしい、と教えてくれたのは、初個展にいらした、 
見知らぬお方、あるいは母校の掃除のご婦人だったか?)。   



父が購入してくれた、初個展に出品した作品。
これも、切った後に着色するのをためらわずに 
やっていますね。              



父の友人?同僚?の方からのお手紙。素朴と洗練。
心に刻みたくなりました。












1998/11/01

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1990/12/31

15才の時に作った木の鳥(作品)のこと








2019/11/10に撮影:ある場所で、流木を使って作った鳥の像を見て、あれ?何か既視感が・・・学生時代、と言っても、もう美術系の仕事をするんだろうな、と確信?を持っていた専門学校時代より、もっと前に作ったアレだ!と、久しぶりに引っ張り出しました。

これ、近所の公園の木の剪定の後か何かに落ちていた端切れを拾って、木工用ボンドでくっつけただけなのですが、作った時に「私、天才かも」とか思った事を覚えています。笑。ちなみに、裏返すと、きっとがワープロで記してくれた、制作者と制作日が。   


1990年12月31日。年齢がバレますが、15才の時ですね。渋すぎだろう、この作風!あいにく、都会暮らしなので木の作品は、この後あまり作っておりませんが。   



白い紙に絵の具で絵を描くのではない、新聞紙など印刷物などにある色を使って切り出す(私の)切り絵→ 動画はこちら: https://youtube.com/shorts/ENAN1BscHDM?feature=share と通じる、わざわざ作品を作るために買ってきたものではない、「ありもの」で、捨てられてしまうようなもので、こんな素敵なものができるんだ!という、原体験でもあったような気がします。