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2021/11/28

奥山玲子銅版画展でのトークベントへ

 


2021/11/28:奥山玲子銅版画展での、小田部羊一さんのトークイベントへ。コロナ禍で、ほとんどイベントごとに出かけることを控えている日々なのですが、思えば昨年も12月に、小田部さんのトーク【には】行こう!行きたい!と勇気を振り絞って出かけたなあ、などと思い出す。(→ その時のブログはこちら)。この日は初めて降りた平井駅の近くの書店が会場。私にとっては初個展の時に出会えた恩人のような方・朝ドラ「なつぞら」のヒロインのモデルになったアニメーター奥山玲子さんについて、パートナーの小田部さん、そして、ご夫妻の画集を編纂したアニドウのなみきたかしさんの対談。下の三冊、私も持ってます。 


奥山玲子アニメーション画集  小田部羊一アニメーション画集  奥山玲子銅版画集

トークイベントの会場が開いて、しばらく座って待っていると小田部さん到着、芳名帳を見て「あっ、辻さん来ててる」と聞こえて、マスク姿のまま手を振るなど。またお会いできて嬉しい、小田部羊一さん。トーク後に、一瞬マスクを外して、なみきさんに一緒に写真を撮ってもらいました。トークでは、お二人の馴れ初めの話まで聞けて。なんだか微笑ましかったり、奥山さんやっぱ格好いい!となったり。


奥山さん、小田部さんについてのブログ記事は


左の絵は、奥山玲子さんの銅版画の原画。年賀状としていただいたもの。ずっと部屋に飾ってあります。右の絵は、小田部さんと初めて言葉を交わした後、故・奥山さんに、と制作した絵です。(その時のブログはこちら)。



華やかで、格好良い素敵な人だなあ〜と思っていた二十代?の私。この写真、ちょっと緊張気味ですね。


2020/12/17

「アルプスの少女ハイジ」の世界展 & トークへ

 



2020/12/17:東京・丸の内の丸善での小田部羊一さんの展覧会の初日、運動がてら走って見にいく。特にグッときたのは、淡いセピア色で描かれたロッテンマイヤーさんの肖像画。目にするたびに、気が引き締まりそう。               


奥山玲子さんの作品も見られて嬉しかった。奥山さんの絵は年賀状で原画をいくつか持っているので、そうか、原画を、個人的に交流のある人たちに年賀状というかたちで送るという行為も彼女の優しさというか、持っていて欲しい人にあげる行為だったんだな、などと帰路に思う。      

ちなみに私の来年の年賀状(も…今年のはゴム版画)、木版画(原画)です。かなり素朴なやつだけど。     




2020/12/20:再び会場へ。小田部さんと、なみきたかしさん(小田部羊一さん、奥山玲子さん夫妻のそれぞれの画集を編集した方)のトークイベントへ。トークの後、サイン会の前にサッと小田部さんにご挨拶。「初日、きてたでしょう!(芳名帳に名前を発見したよ!)、なんで(待っていたら在廊していたのに)帰っちゃったのぉ」と言ってもらって、大先輩ながら(か、かわいい…)などと思う(笑)。朝ドラ「おちょやん」OPの犬ん子さんの話なども、する。



トークでのメモ:イタリア人は苦労話は好きではない。(ハイジは人気なのに、イタリアが舞台の「母をたずねて三千里」は、そこまでではない、という話の延長で)

絵の話もだけれども、食べることについての話:大病をして、食べることも大変な時期があったのだけど、よくなってから美味しいものを食べに行った話、鰻などは 一年に何度か食べたら充分だろうに(とは、なみきさんの言葉)、この味を忘れないうちに別のところでも食べようよ、みたいなエピソードがチャーミングというか、食をおろそかにしたらよろしくないよねーとは私も常々おもっているのことなで、うんうん、と聞く。    






飛沫を飛ばして討論などではない、静かにトークを聴く催しだからと信じてはいても、やはりコロナ禍で複数名が集まる催しで緊張感もあり、早めに帰路につく…前に、久しぶりに
一服、コーヒーと甘いもので休憩。向かい合って座ろうとした知らない人に、お店の人が「こちらへどうぞ」と案内し私の前の席に座らないで、のお知らせカードを置いてくれてありがたかった。久しぶりのカフェでの休憩時間でした。 











2019/11/23

「白蛇伝」を観に行く







11/23:朝から映画館(新宿・シネマカリテ)へ。先日まで
放送されていた朝ドラ「なつぞら」の主人公のモデルにも
なった・アニメーターで、私個人としては初個展の時に 
出会えた素敵な人(といいつつ、私は彼女のアニメーター
としての仕事は余り知らなかった)・奥山玲子さんが、
動画で関わった「白蛇伝」(1958年、昭和33年)を初めて
観る。叶精二さんの本『日本のアニメーションを築いた 
人々』によると、奥山さんの初仕事で、和尚がおむすびを
食べるシーンやイタチの歩きなどを担当したそう。   




写真の左側にいる、魚の妖精のキャラクターはニコニコして
いて、「かぐや姫の物語」の侍女を思い出したしコロコロして
二足歩行するパンダは漢方のキャラクター(手塚治虫がキャラ
デザらしい)を思い出した。←もちろん、それらの方が、この
作品に影響されているのだろうけれど、時系列的には。   

動物同士のケンカだけど今なら暴力的すぎてダメ!と自粛し
てしまいそうなシーンだったり、白蛇の妖精・パイニャン
色っぽいかんじ(色っぽすぎない、下品ではない色気。昔の
・1950年代の…って、「白蛇伝」と同時代か、のバービー人形
みたいなかんじ)、たまに、え、これをこの時代に??っと
いう、コンピーターで作ったみたいにきれいな星空や、赤い
何か(冥界に突入するときの星雲?)があったり、声優が、
森繁久彌、宮城まり子と二人だけ、いろんな声色で演じら
ているのにも驚いた。                 



物語は相入れない世界に住む二人の愛というところで
「ロミオとジュリエット」だとか、「人魚姫」とか、 
色んな普遍的な物語の要素が見て取れた。     

あの時代に、これを一枚一枚(手作業の)セル画で 
作っていたのだと思うと、気が遠くなるような思いが
して、何かメモするかもと膝に手帳をスタンバイして
いたけど、一瞬たりとも皆様の血と汗と涙の結晶を 
見逃しては失礼な気分で凝視していました。    








2019/10/21

トークイベント「奥山玲子を愛した4人のオトコたち」へ




10/21:杉並公会堂での「奥山玲子を愛した4人のオトコたち」と
題されたトークイベントへ。奥山さんは先日まで放送されていた
NHKの朝ドラ「なつぞら」のヒロインのモデルでもあった、日本
アニメーション(漫画映画)の世界で活躍した人で、私も短い
間ではあったけれど、初個展の時から応援してくださっていた方
(ご存命の間は、彼女の銅版画の世界しか知らなかったけれど)。

しんみりとするでもなく、ひょうひょうと語る4人のオトコたち。
しっかりした「愛」っていうのはこういうものなのかもなぁと  
思う。奥山さんの事私も大好きだと再認識して、帰宅してから、
思い出しウルウルしたりして。               

もうこの世にはいない人について、「この人は素敵だったんだ」
とか、「この作品はすごい」という事を、画集なり文章なり、第
三者が見られる・読める形にしていくっていうことについても 
考えていて、はっ、そうか、それは例えば、自然の美しさ等を、
感動ものの絵に仕上げて、それ見た(それまではその美しさに目
も留めていなかった・気づいてなかった)人に再認識させると 
いうような、伝えるべき良いもの、インスピレーションを与えて
くれた物や人に奉仕するように使命感を持ってそれを創る人たち
(絵描きだったり、物書きだったり映画監督だったり音楽家等々)
図式にも重なるな、と思い巡らせたりしていました。   

私は前から二列目の真ん中あたりで話を聴いていた。会場は
ほぼ満席だったにもかからわず右隣が空席で、私の左隣には
親族やご子息が座ってらしたから、そんな、オバケ話とかで
なく:なんとなく空席に彼女がいるような空想をしていまし
た。あの華やかな笑顔で、一緒に観てくれてたらいいなと。



帰り道、サインする小田部さんの背中。
今回はゆっくりお話はできなかったけど
会場に着いた時にロビーの喫茶でお茶を
してらっしゃった時に、入ってきた私と
目があって立ち上がってくださって、 
短い挨拶と握手。若々しいなあ。   


漫画映画漂流記 おしどりアニメーター奥山玲子と小田部羊一 日本のアニメーションを築いた人々 新版

小田部・奥山夫妻についての本「漫画映画漂流記」の著者(小田部さんから
聴いて記した人)藤田さんは京都から。そしてもうひとりは、先日、私も
出かけましたが(その日の雑記はこちら)、国立近代美術館で素晴らしい
構成で高畑勲展を監修した叶精二さん。そして司会進行のANIDO・なみき
たかしさんは、奥山さんのアニメーション画集や銅版画画集を出した  
飄々とした語り口の中にある静かな熱意というか、画集を作るときに、 
アニメーションの為の絵をトリミングしない、そのまま残す事を心がけた
とか。アニメーションの画集を作るときは原画を探し回らないといけない 
のが、奥山さんがしっかり体系立てて絵を整理してくれていたのだそう。 

小田部さん、奥山さんは「火垂るの墓」の波の絵のシーンの作画を手がけた
そうなのだけど、奥山さんはそのときにアニメーション一段落というか、 
そこから離れて銅版画に移行していったそう。             

奥山さんが亡くなった頃に、宮崎駿さんは「崖の上のポニョ」を作っている
のを記録したドキュメンタリー番組(テレビで私も観ていた)で、彼が奥山
さんの訃報を知らせる電話を受けて、驚く場面があった。当時はまだ「奥山
玲子」といっても一般の人がパッとわかる感じ(あー、朝ドラの!とか)で
なかったから、誰の訃報かはナレーションもなかったんだけど、あ、これは
絶対奥山さんの訃報だ!と分かった。そのとき=亡くなった直後であると 
長いこと勘違いしてたんだけど、私の手元にもある彼女の訃報を知らせる 
手紙にもあったように、ふっといなくなるのもいいわね、みたいに話して 
いたのを、遺された旦那様である小田部さんが尊重して、彼女の死を数ヶ月
のあいだ隠していて、その後の宮崎駿さんの「えっ!」だったらしい。  
小田部さんのヒゲも、最期を看取った時からなのだとか。一歳年下だから、
看取ってやるよ、みたいに話していたのだとか。←俺より先にー逝っては
いけない〜の歌:「関白宣言」の逆!                



そして、この日の買い物は:                


じゃじゃーん。出来立てホヤホヤのアニメーション画集もゲット。
学生時代にエイヤ!と買ったエゴンシーレの画集以来の一万円を
越える値段の本だけど、「えっ、こーんな沢山の絵を、この値段
で!?」(←テレビショッピング風に)でもある。巻末に収め 
られている結婚式の写真なども美しかった。ますますファンに 
なってしまうなぁ。                    




後日、12/22には同所で「小田部羊一を愛した四人のオトコ」
というトークイベント(についてはアニドウのサイトにて)
にも出かけました。「カールおじさん」の、ひこねのりお
さんや「小梅ちゃん」の林静一さん(…は、よくしゃべる
から「ソウさん」、騒さんとあだ名されていたとか、命名
は、小学校の先生)と、作品はよく存じております!な 
方々が、小田部さん(だって、ハイジの!で同じように、
ひえ〜、「あの作品の作者」!だけど)…と、同僚だった
のだな、と知りました。小田部さんと初めてちゃんとお話を
した時(の話は、こちら)も販売されていた立派な画集は、
このイベントの時に改訂版が出版されていて、やっと手に 
入れて、サインをいただきました。奥山さんの画集と対に 
なっている・隣に置くとしっくりくるデザインです。   

そういえば、前回と同じように二列目の真ん中らへんの席を
取ったら(ほぼ満席にもかかわらず)右隣りが空いていた。
そして、この日も大雨でした。            




     



2019/09/11

ハイジの里からの絵葉書 〜 高畑勲展 〜 小田部さんと再会




2019/9/11:1年半続いたシリーズ物の最終回の作画制作で家にこもりきり。夕方に出かけて少し散歩。ポストに嬉しいお手紙が届いている。先日の作品展で入れ違いでお会いできなかった(けれど、だからこそ渡せなかった台湾関連本等をお送りできた、そして前日にお葉書を送ったばかりっていうのも嬉しい)方からの絵葉書。あれ、ハイジ?わっ。



「アルプスの少女ハイジ」のキャラクターデザインを手がけた小田部羊一さんから、物語の舞台になった地の絵葉書なんて、嬉しいなあ。記事になってるかな?と探してみるも、そもそもスイスの公用語ってなんだっけ?ってことから調べるという無知さ。いつまで閲覧できるか分からないけれど、ここに記事がありました:https://www.srf.ch/news/regional/graubuenden/ 

音声ニュースには小田部さんの声も。想像するに、あの高いクオリティのアニメーションを、ほとんど手作業で(コンピュータ話もない時代に) 作画したりセル画を塗ったりして、ぜったいに身を削るような、心血を作品に注いでヘロヘロになってしまうような作業だったろうな、私の場合でいえば「とと姉ちゃん」OPの仕事の頃の忙しさ(頑張ってるはずなの だけど、あれー、作っても作っても終わらないぞー?という途方もなさ)をずーっと続けるようなものだろう。それがきちんと、同時代人のみならず後世の人にも評価されて、名作と呼ばれて、海外の人にも良い作品、ハイジゆかりの地だと観光客がきてくれたりして、感謝されてって、素晴らしい。大先輩にいうのもなんだけど、本当、"よかったねー"と思う。それはそうと海外の絵葉書の香りってあるよなぁとクンクン嗅いでしまいました(笑)。洋書店のものに似てるから、紙かインクの匂いなのか。それは日本のものとどう違うだろうか、なんてことも考えていました。奥様の奥山玲子さんがヒロインのモデルになった朝ドラ「なつぞら」も、あとすこしでおしまい。 奥山玲子さんは私の初個展の時に運命的に出会えた素敵な方。(何度か書いているので詳しくはこちらを)。画集も楽しみ。          


インターネット記事は、なかなかブックマークなどせず、読みそびれるのでFRIDAYのサイトでの小田部・奥山夫妻の記事もメモがてら:コチラ。*ざっと見られるよう、検索結果のリンクです。個々のリンクも一応(いつまで閲覧できるか、リンク切れになるかは不明ですが)→(       )。



後日追記


9/21:東京国立近代美術館での「高畑勲展」に出かけてきました。撮影可能な、「アルプスの少女ハイジ」のジオラマがありました。


「うわぁ〜〜い!」(ハイジの声優さんの声で脳内再生)






「高畑勲展」、ものすごい作品点数が上手に体系づけられている展覧会でした。濃厚!見所たくさんでしたが、私は特に、初期の展示物が興味深く、奥山玲子さんと小田部羊一さん ご夫妻のキャラクターデザインなどをスケッチ。右が奥山さんの、左が小田部さんの(の絵を私が写したもの)。  


奥山さんは、ご存命中は銅版画の世界観しか知らなかったので「わあ、こういう線を描く人だったんだあ」と今頃(朝ドラ「なつぞら」効果で展覧会があったりして)知ったのですが、なんとなく私の好みのライン、真似してるわけではないけど、あ、この感じ、描いたことある!と通じるものを感じて嬉しく思ったり、あとで(このブログの記事の後ろの方に)書く奥山さんの展覧会でお会いできたご子息が、私・辻恵子の展覧会に奥山さんと一緒に出かけた時に、私の絵のことを:いいのよ、と言ってくれていたのも、なんとなく納得がいく感じがする。もっと絵の話をしたかったなあ、と今更言っても仕方ないけど宇多田さんしかり、作品で対話するっていうのもある、多分。





こちらは小田部さんによる「アルプスの少女ハイジ」のオープニング映像のためのスケッチ(を、スケッチしたもの)。なんというか、嫌味がなくて朗らかで、いい。



つい、スケッチの横に「線が きもちいい」なんて書いてしまうほどに。





「高畑勲展」へ、一緒に行ったSさん @ もう一つの撮影OKスポット。実は数日前に会いそびれて再度セッティングしなおして、この日に行く事になったんだけど、いやー、よかったー。というのは…。 


高畑勲展のあとに、吉祥寺・「一日」での奥山玲子展に伺ったら、 先日のニエンテでの作品展にもお出かけくださった(けれど入れ違いでお会いできなかった)小田部さんにお会いできたのでした。葉書を出しておいたこともあり、お会いすることが出来、嬉しかった。私の嬉しそうな顔が全てを語ってますね。他愛ない話を大先輩とできるという幸せ。なんとなく温泉気分、癒される。奥には、奥山玲子さん(小田部さんの奥様で、私の初個展の時から応援してくださっていた恩人の一人)のセルフポートレートが「あら、会えたのね」とでも言わんばかりに微笑んでます。                    



この日、購入した本。前は奥山玲子さんについて説明するときには「『アルプスの少女ハイジ』のキャラクターデザインの小田部さんの奥様で〜」などと言わないといけなかったのが、朝ドラ効果、おそるべし!と、帯の文句を見て思う。     





ちなみに、私が伺ったのは9/1に出たばかりの、奥山玲子さんの銅版画集の出版を記念した展覧会でした。




私は、奥山さんがご存命の間は、この銅版画の世界しか知らずあとでアニメーションの世界の人だったことを知りました。近日、ANIDOからアニメーションの作品集も出版されるとか。楽しみです。



このブログ記事に出てきた本が気になる方はこちらをどうぞ(ブクログ?Amazonへのリンク)
漫画映画漂流記 おしどりアニメーター奥山玲子と小田部羊一 奥山玲子銅版画集



追記:文中にある、アニメーション画集はこちらです
     ↓


2019/07/20

奥山玲子さんの描いた人魚に出会う




 
7/20:吉祥寺・一日での奥山玲子さんの作品展へ。夫の小田部羊一さんが、
この展覧会の運営でもあるANIDOに絵を寄贈したそう。(そして今、彼らは
奥山さんについての本を編集中だとか!楽しみ)。奥山玲子さんは、前にも
このブログで色々書いていると思うのですが(関連記事は、こちら)、私の
初個展 @ 画廊文化学院の時に出会えた人。当時、奥山さんは会場近くの東京
デザイナー学院で教えてらして、駿河台のマロニエ通り(とちの木通り)に
面した画廊のシャッターを私がガラガラ!っと開けた音と、彼女が通りかか
ったのが同時で出会えた偶然にも、感動するような、数秒早かったら、遅か
ったら出会えなかったのかと思うと怖いような気もする印象的な出会い方を
した、恩人のひとり。シャッターの音に驚いて、足を止め、こちらを見て、
昨日も通って気になってたんだけど時間がなかったの、開けたばかりだけど
入って・見てもいいかしら?みたいに、軽やかなやりとり。すーっと見て、
この絵をください、と購入してくださって、その後も個展にいらしてくれた。
風のようだと思ったり、何を押し付けがましく言うでもなく静かに応援して
くれていた人。華やかで、おしゃれで、長身で格好良い。今、放送中の朝ドラ
「なつぞら」のヒロインのモデルになった方で、日本アニメの創成期に活躍 
したアニメーターの一人です。                    




わあ、奥山さんの文字だあ(あれ、私の文字にもちょっと似てるかも)
とか、アニメの線の迷いのなさ(というか無駄を省いた感じ)、すごい
なあ、と眺めたり、



 

プロフィールに、「晩年は」銅版画家として、とあった用に銅版画の作品も 
展示されていました。私はその時代の彼女しか知らなかった。毎年、年賀状を
銅版画の原画でくださった。それは今も部屋に飾ってあります。実物をご覧に
なる肩はぜひ細部に注目。あ、こんな所にも、こんな所にも、と新たな発見が
あるかと思います。静かで力強くもあり詩的な世界。           



個人的には、これがとても印象的でした。わー、奥山玲子さんも人魚を
描いてたんだー、と。*画像の下の段は私の作った人魚、宇多田ヒカル
さんのミュージックビデオ「花束を君に」より。奥山さんにも、「花束を
君に」のミュージック・ビデオ見てもらいたかったなぁ、何て言って 
くれたかなぁ、とか想像していました。出会った当時には、私も映像の
仕事をすることがあるなんて知る由もなかったけれど。