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2022/07/11

かき氷と半旗

 




2022/07/11:運動の後に、今年の夏初めての(というか前の記憶は奈良でのだから2016年…6年ぶりの?)かき氷を食べました。



それから、警察署の国旗が、(暗殺された元首相のために)半旗になっていました。半旗って、物心つくか、つかないかの頃に昭和天皇が崩御されたときに多分、生で見てるはずだけど記憶が曖昧。なので、初めて見たような気分。

あの事件の日は、昼間に事件が起きたと第一報が入って、心肺停止らしい、ドクターヘリで運ばれました、妻が病院に到着しました、死亡が確認されました、武器は自作のものらしい、などなど慌ただしく、心穏やかではなかった。

(これも7/11の日付て投稿しますが、いつものように後日書いています:7/22に)、事件当日は選挙の直前だったので、政治的に言いたいことがあるなら投票に行けばいいのに!という憤りのようなものがありましたが、その後に犯人の母親が破産するほどカルトに傾倒してしまって、その関連団体にメッセージを寄せていた元首相を…という、政治信条とは関係のない、むしろ政治と宗教の癒着が引き起こした事件であるらしいことがわかりました。

→ 政教分離原則



私(40代)が小さい頃、ワイドショーでは噂の(首相を殺した犯人が恨んでいた教団の大元である?)教団についてのことがあれこれ報道されていたのに、今回の事件の直後はメディアで団体名を伏せていたりして、何の圧力がかかっているんだろう?と恐ろしくなりました。殺人とは別の意味での恐ろしさというか。

それから、若い人はカルトがどれほど恐ろしいものかを知らないのかも、ということについてもびっくりというか、これはちゃんと知っている世代が言い続けないといけないことなのだな、というふうにも思いました。

例えば私が小さい頃、夏になると原爆関連のアニメ「はだしのゲン」が放送されたり、あの戦争のことを伝え残さなくちゃ!という気概?強い気持ちを感じたものだけれども、事件後のカルトについての話で、あー、カルトは我々世代が「風化させちゃいけない」リアルタイムで知ってる大惨事?の一つんだな、と思ったりしました。私の祖母・祖父世代の戦争のように。

正直、地下鉄サリン事件の時は、もしかしたら、少し時間がずれてたら家族が巻き添えになってたかも、とか、松本サリン事件の時は同級生の友人(同世代)がお亡くなりになったと聞いて、窓を開けて眠るのが怖かった時期があった。テレビで教団の主要メンバーが刺されて血まみれの画像を目にしたりとか、ちょっともう見たくない・思い出したくないレベルのトラウマだけれども。←と、いう側面も戦争体験とかと似てるな、って。


2016/09/02

海が見たくて横浜へ・「人魚」の話






数日前に海をみたかったのに見られなかったので、横浜まで来てしまいました。






海を見たいのだ!というのが主な目的だったので(早々に満足してしまって)
中華街でお昼ごはんを食べるというのを頭にいれておらず、食べて来てしまい
かき氷のようなふわふわのものを頂いて、外国旅行気分で散歩してから…  



電車に乗って、移動。みなとみらい線の駅は大阪の地下鉄の駅*を
現代風にしたみたいで格好良い。アーチだいすき。       

*もう見られない景色になってしまったようですが→ コチラ



次の目的地はこちら。横浜美術館。日差しが眩しくて、
どんなフレーミングになっているのかも分からないまま
パシャリと撮りましたが、少年が跳ねて浮いてました。



カサットの作品展ジャポニスムの影響をうけた浮世絵みたいな
作品シリーズ(ドライポイント)など、興味深い。いくつか、 
画家の言葉が展示室の壁に書かれていました。たとえば…   

画家が歩む道は二つあります。
一つは広くて平坦な道。   
もう一つは狭くて険しい道。 

私の解釈では自分の画風さがしみたいなのが、平坦な道(白い 
カンバスを前に、"何でもしていいよ。はい、あなた何かくの?"
という「自由」の心もとなさ)じゃないかしらと感じました。 

私は割と、ラッキーなことに初期から「自分のスタイル」に  
近い形をみつけられたけど、絵はただ「上手く描ける」だけでは
ダメで、その人らしい方法や世界観、作品世界に出会うのに苦労
する人のほうが多いのではないかと思います。        

出口近くには、

アーティストである喜びと比べられるものが、
いったいあるというのかしら?

…というカサットのことば。この境地には至ってないなぁ、と
同じ女性の絵描き先輩の言葉として(笑)メモする。    







ところで、この日は宇多田ヒカルさん御本人出演バージョンの「花束を

君に」のミュージック・ビデオが公開されました。私の絵が登場する 
ものも「切り絵バージョン」として、引き続き観られるようで、ほっ。

久しぶりに拝見する動くヒッキー。最初にビデオのお仕事の話を頂いた

時、「とと姉ちゃん」オープニングように実写絵が交互に出てくる
ものになるのだろうか(だってファンとしては動く・歌うヒッキー、 
見たいでしょう!)、と想像していたので、ご本人映像との"共演"は 
かなわなかったけれど、嬉しいかぎり。              










Fantôme

それから、そのミュージック・ビデオの公開に伴ってインタビューが 
公開され、その中で気になっていたことの答えと、嬉しい驚きが   
ありました。(じつはスタッフのKJさんから前もってお知らせ頂いて 
いたのですが)。新しいアルバム「Fantôme」の曲名が発表された時、
その中に「人魚」という題名の曲があることに、はっとしました。  





先述の「花束を君に」のミュージック・ビデオ(約・15秒と90秒、
2パターンあるのですが、長い方)で、赤い服を来た女性は、街を
出、海に向かい、人魚に姿を変えるのです。もしかして「人魚」と
いう曲名は??いやあ、まさかね、と、思っていたのですけれど、
そのインタビューのなかで、あのミュージック・ビデオの絵コンテ
(by 小川純子さん)を見て、演出家さんが宇多田さんを慰めてくれて
いるような、見透かされ、暖かく支えられるような感覚を覚えて、
何より「花束を君に」を受け入れてもらえたと思えて涙が止まらず
そこから人魚のモチーフを引き継いで出来た曲、そして御母様の 
藤圭子さんが亡くなった後に音楽を作れないかもしれないと思って
いた頃に、ふと出来た曲だったけれど作詞にすごく苦労していたが
ぶわっと言葉が溢れてきた、というような話を読んで、とても光栄
に思いました。*話は要約、こちらをどうぞ→ Trend Newsの記事 
ミュージシャンが魂を込めて作った作品(花束を君に)を、我々 
ミュージック・ビデオを作った面々(映像作家の小川純子さん、 
絵を製作した私、アニメーターの小中志展さんなど)が受け止め、
こちらも良い作品をつくろうとして、それを御覧になったミュージ
シャンがさらにインスピレーションを得て「人魚」という曲に  
なった。まだ楽曲は聴いていないけれど、とても光栄なこと。  
ちなみに、人魚のは私が学生時代によく、とりつかれたように  
(水彩で)描いていたモチーフなので、小川純子さんの絵コンテで
人魚がでてきたときに「!!」でした。           






ああ〜海が見たい!とおもったのは夏の終わりだから
かもしれないけれど、その記事を読んでから海を見る
と、なんだか感慨ぶかかった。後日、ふと考えたのは
英詩を勉強しているときに、体内を流れる血や恵みの
雨、など水は「生」の象徴のように描かれることが 
多いなあ、と感じたのだけれど、あの赤い服の女性が
海に入る、というのは人間ならば入水(じゅすい)=
死、のようでいて、異形の彼女は「生」の中に還って
いく?ってことだろうか、とも思いました。そいえば
胎内(生きているけど息をしはじめる前の状態)も、
水の中だし…などと、結論もなくあれこれ思い巡らし
ていた。ところで、話を横浜に戻すと、海の見える 
公演には赤い服、ならぬ赤い靴の少女の像があり(私
は見にゆきませんでしたが)、はっ!と足元を見ると
赤(赤紫)の靴を履いてて、慌てました。笑。「赤い
靴〜はいてた〜女の子〜♫異人さんに〜連れられて〜
い〜ちゃ〜った〜♪」関連のお土産が沢山あるとこに、
赤い靴で来てしまった凡ミスでした。 :)      









2016/06/17

戻った「貼り絵の作りかた」を送り出す→ 美術館で洛中洛外図






\ただいまー/     →     いってきまーす/

朝、奈良の個展会場から荷物が戻ってくる。
段ボール箱をばらしたり、この新刊が戻って
きたら発送しよう、と思っていた納品準備。
貼り絵の作りかた」、東京・駒込の雑貨店・
仄仄と、西荻窪のギャラリーみずのそらと、
経堂のcafe+gallery芝生でも取り扱い開始。
芝生では、オンラインストアで通販も可能。
ぜひご利用くださいませ。        






額や絵本、けっこう重くて、肉体労働。物の整理の
後は書類かき→ パッキング→ 発送作業。私も  
ちょこっと載った「ステラ」を買いそびれた!と 
嘆いていた学友に約束していた、会場に飾った号を
送る準備など。新しいヘッドホンで音楽を聴きつつ
作業を進める。お世話になっているパナソニックの
にしてみたんです。いい音。荷物の準備が出来、 
ちょっと気分転換に外に行きたいから、集荷に来て
もらうのを待つよりは重い思いをしても出しに行く
ほうを選ぶ。見た目ほどは重くないけど日頃の、 
運動不足を自覚するかんじだった。       





ここのところ、出力が多めの日々なので、入力に。
美術館からの眺め。前に、初めて来たときには、 
窓辺が混んでいて近づけなかったんだった。   




開館50周年記念「美の祝典」の第三弾
「江戸絵画の華やぎ」の初日でした。 
左上にノンモン、と書いてあるのは、
ミュージックビデオの仕上げの時に、
メモした専門用語で(笑)日本画とは
無関係です。船の窓?が、四角と、 
半円のものがあり、不規則に並んで 
いるようだったのが不思議だった。 
南蛮渡来の人々を描いた屏風でした。





洛中洛外図に釘付けでした。顔もわからぬほど、
ぼわっと描かれているのに、うー(←語彙不足)
すごいんだよ。右上のスケッチの絵(の原画) 
など、きゃっきゃっ!って声が聞こえるみたいな
体の表現?描き方。最初の展示室の洛中洛外図に
ガツン!ときて、あとはボワーっと見て外へ。 



やたらと蒸し暑いので、今季二回目のかき氷
休憩。マンゴーと、ココナツアイスと。よしっ
充電完了!…かな!と帰宅。明日は制作日。