ラベル video の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル video の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025/10/23

宇多田ヒカル「花束を君に」MVのアートワークを制作






関連ブログ記事のトップに出るように、投稿日を設定してあります*








(ユニバーサル・ミュージックの許可のもと、掲載しています。画像の無断転載はしないでください)



4月15日よりフルバージョンを配信開始・宇多田ヒカルさんの新曲「花束を君に」の
ミュージック・ビデオ(30秒バージョン)のアートワークを、
辻恵子が貼り絵で制作しました!





特設ページ
★ http://www.utadahikaru.jp/lyric ★

★【 utadahikaru.jp 】★



* 5/13追記 *









5月13日には、秒数が長くなったミュージック・ビデオ(ショート

バージョン:ドラマのオープニングと同じ、90秒くらいのもの)が
完成、宇多田ヒカルさんのホームページなどで公開されています。
監督は映像作家の小川純子さん、アニメーターは小中志展さん。 
絵は私、辻恵子が制作いたしました。             





◎パナソニックのキャンペーンのこと:2016/5/20~9/30の間、パナソニックの「ビエラでハイレゾ!」キャンペーンの一環で、家電量販店などで「花束を君に」などのミュージック・ビデオが再生され、対象商品購入・応募した方々にもれなく、ミュージック・ビデオが収録されたブルーレイディスク二枚組がプレゼントされました。★詳細は→ こちら  ☆関連記事は→ こちら

◎原画の一部は、6/1〜12、NAOT NARAで開催する辻恵子貼り絵切り絵展覧会「貼リ切ル」で展示しました。








● 報道資料より



演出・映像作家:小川純子さんのコメント:
「どんなに離れたくない関係にも、避けられない別れがやってくることがあります。忘れえぬ人への想いを花束に寄せてストーリーを描こうと思いました。花束を受け取る「君」は、自分自身の本来の姿を認め、暮らしを選び、還る女性としました。自己肯定することで経験する別れを私たちは知っているでしょう。「とと姉ちゃん」にも登場する青い女の子は花束の届け手として登場します。どうぞお愉しみください。」

アートワークを制作しました私・辻恵子のコメント:
「宇多田ヒカルさんの歌声、歌詞は聴きこむほどに深く、絵で共演できた事、とても光栄です。路面電車や青い服の女の子など『とと姉ちゃん』のオープニング映像で登場した、懐かしい雰囲気のモチーフの貼り絵以外にも新しい登場人物・赤い服の女の人や風景も加わって、現代的、あるいは近未来的な姉妹作品となりました。」



● 製作中の写真より(画像をクリックすると、制作風景のブログをご覧いただけます)







*制作中のツイートなどはこちら

**************************************************


【制作スタッフの略歴】
  • 監督(企画・演出):小川 純子(おがわ じゅんこ)福島県出身。映像ディレクター。TVCM制作会社に勤務の後、海外遊学へ。再びディレクターとして映像制作会社に勤務し、2007年よりフリーランスとなる。TVCMや幼児用映像教材、企業用VP等の企画演出をする。作詞、絵本文章、アニメ脚本の分野にも進出。一方、自然との共生をテーマにしたフェスや市民学校に参加し、古く祖先から続く土地に根付いた暮らしを勉強中。定期的にカナダの先住民クリー族を訪ね、文化を学ぶ。
  • アニメーター:小中 志展(こなか しのぶ)キャラクターデザイナー、アニメーション作家。ベネッセ・こどもちゃれんじシリーズのキャラクターデザイン、アニメーションコーナーを多数担当。またTVCMおよびwebムービー用の様々なグラフィックデザインやアニメーションを手がけている。
  • アートワーク:辻 恵子(つじ けいこ)切り絵作家・イラストレーター。文化学院文学科卒業。1998年より作家活動を開始。絵本や書籍の装幀画、雑誌の挿絵なども多く制作している。印刷用に元々ある色を活かした切り絵作品を中心に発表。連続テレビ小説「とと姉ちゃん」のオープニング映像では、顔、腕、髪の毛などパーツを制作し、貼り合わせた貼り絵作品を制作。 http://www.tsujikeiko.com
  • コンポジット:池田靖彦(アオイスタジオ)、PR:佐藤"Pete"裕武()ほか


**************************************************
【ご紹介いただきました】BARKSCINRA.netHuffington PostMTV音楽ナタリーオリコン・スタイルサンスポほか
**************************************************





Fantôme 
それから、そのミュージック・ビデオの公開に伴ってインタビューが公開され、その中で気になっていたことの答えと、嬉しい驚きがありました。(じつはスタッフのKJさんから前もってお知らせ頂いていたのですが)。新しいアルバム「Fantôme」の曲名が発表された時、その中に「人魚」という題名の曲があることに、はっとしました。 




先述の「花束を君に」のミュージック・ビデオ(約・15秒と90秒、2パターンあるのですが、長い方)で、赤い服を来た女性は、街を出、海に向かい、人魚に姿を変えるのです。もしかして「人魚」という曲名は??いやあ、まさかね、と、思っていたのですけれど、そのインタビューのなかで、あのミュージック・ビデオの絵コンテ(by 小川純子さん)を見て、演出家さんが宇多田さんを慰めてくれているような、見透かされ、暖かく支えられるような感覚を覚えて、何より「花束を君に」を受け入れてもらえたと思えて涙が止まらずそこから人魚のモチーフを引き継いで出来た曲、そして御母様の藤圭子さんが亡くなった後に音楽を作れないかもしれないと思っていた頃に、ふと出来た曲だったけれど作詞にすごく苦労していたがぶわっと言葉が溢れてきた、というような話を読んで、とても光栄に思いました。*話は要約、こちらをどうぞ→ (Trend Newsの記事)

ミュージシャンが魂を込めて作った作品(花束を君に)を、我々ミュージック・ビデオを作った面々(映像作家の小川純子さん、絵を製作した私、アニメーターの小中志展さんなど)が受け止め、こちらも良い作品をつくろうとして、それを御覧になったミュージシャンがさらにインスピレーションを得て「人魚」という曲になった。まだ楽曲は聴いていないけれど、とても光栄なこと。  


ちなみに、人魚のは私が学生時代によく、とりつかれたように  
(水彩で)描いていたモチーフなので、小川純子さんの絵コンテで
人魚がでてきたときに「!!」でした。           


〜〜〜〜〜〜〜〜2024年に追記:


2024/03/29

「イラストレーションファイル 2024・下巻」に掲載





2024年3月末に発売された玄光社のイラストレーター年鑑「イラストレーションファイル2024」下巻に作品掲載。

フレーベル館のキンダーブック2・2023年11月号のための「せんろはつづくよどこまでも」の挿絵と、オリジナル作品の切り絵を掲載しました。



印刷物に元々ある色を生かして、人物像などを切り出す独自の切り絵作品・・は、原点回帰みたいな感じで、久しぶりに、これに載せるために新作を作りました。

*動画で見ていただいた方がわかりやすいので、ねるやまさんが作ってくださった「もみじ市」のWebコマーシャルをどうぞ:






ポートレートは、3年連続?自撮りで撮影しました。


2023/02/01

「うさぎとハートのミニカード」を作りました



2023年2月:コロナ禍で延期したままの個展(@HATOBA)のための制作のことも視野に入れつつ、ちょこっとづつ以前に作った雑貨などを復刻したり、新作雑貨を展開したり(もちろん作品を作ったり)活動を再始動していこうかなあと考えているところ。

先日、1月に復刻と新展開した鬼グッズの次は、バレンタインデーに合わせて、と卯年ですし「うさぎとハートのミニカード」です。ミニカード、レターセット、絵葉書と三つのグッズに展開した鬼グッズと違って今回は、二つ折りのカードと、小さい便箋がセットになっているもののみです。*もしかしたら、後日、他のものに展開する可能性もありますが。

少量づつの納品のため、日付も書いておくと:2023年2月のはじめに、下記のお店に納品しました。少量づつの納品ですがお近くの方はぜひお求めくださいませ。

色付けは、パハロのオリジナルグッズ(写真はこちら)と同じく手彩色です。


ハートだけ、赤・黄・ピンクの3種類に着彩したカードはhono bonoとハルカゼ舎で:




ハートだけ着彩と、スカートも着彩したもの両方があるのはアムレテロンとパハロに:・・ございます。



@ hono bono





hono bonoにて。






2022/08/07

空白〜宇多田さん〜芥川〜マーラー

空白を満たしなさい(上) (講談社文庫)空白を満たしなさい(下) (講談社文庫)


2022/07/31:録画しておいたNHKのドラマ「空白を満たしなさい」最終回を観る。死んだ人たちが生き返ってしまう、なんとなく「世にも奇妙な物語」みたいな世界観。生き返った人たちが昨今の疫病(新型コロナウイルス感染者数)みたいに「今日も何人の復生者(ふくせいしゃ)が確認されました」と報道されるシーンも印象的だった。

私も(自分からじゃなくて)あやうく死にかけたような経験があるので、自分の死に際(になってたかもしれない瞬間)のことを覚えていないこととか、「なんか生して思ったんですけど僕が死んだあと遺された人たちって結構 僕のこと考えてくれてたんですよね」という主人公の台詞に、うんうん、わかるー、と「あちら側」の方で観てしまう。

物語の中で、生き返った人たちがまた、ふいに消えてしまう…となって、いつこの(生者と過ごせる)時間が終わってしまうかわからない、というシーンでドラマは終わるのだけど、それは、実は、というかなんというか、命の危機とか感じたことない状態で生きている、「死ぬかと思った」ことがない人でも同じことなのだ。

…と、昨日香港で起こったコンサート中の事故のことを思ったりする。←(MIRRORというアイドルグループのコンサートで、バックダンサーの頭上から600キロもあるスクリーンが落下して頭を、体の真ん中を直撃!即死しててもおかしくない状況ながら、深刻な状況ながらまだ頑張っているらしい、阿moさん)。

話を元に戻すと、ドラマ内で主人公が本当は生きたかったんだ、でも自死をしてしまったんだ、という話の時に、主人公の台詞だったのか相談した人の台詞だったかうろ覚えなのだけど、「火事で逃げ場がなくて窓から飛び降りたようなもの」という例えがすごく分かりやすかった。家族につらい思いをさせたくてそうしたんじゃないんだよ、本当は生きたかったんだ、と。

ドラマ序盤は阿部サダヲさんの怪演?サイコパスな演技が怖!ってなった序盤からは想像つかないエンディングだった。自死を扱う作品だけに、相談窓口の案内も出ていた。





翌日、8/1:自死を題材にしたドラマ「空白を満たしなさい」を観終わったばかりの散歩中に、(彼も自死した→)芥川龍之介の写真と共に芥川龍之介の遺族の言葉らしい「よく悩み、よく笑い、よくしゃべる人でした」という一文を知る。

芥川龍之介って何となく、寡黙な文学者のイメージだったから、へー、意外!と思ったりする。




ツイッターで「空白を満たしなさい」の原作者の言葉を読んで、あの作品は彼の父親(死因は書いてなかったけど早くに亡くなった方)がきっかけで書いた作品と知って、すごく納得した。

そりゃ、あれだけ引力のある作品になるよ、というか。

作者自身が、父親が「どうしていなくなっちゃったんだろう」という立場を実体験したことがあって、その「空白を満たす」としたらなんなんだろう、どういうことを自分は亡き父に言われたかったんだろう、っていう過程があったからこそ、心に迫るような何かがあったのかも、と。



そんなこんなで、「よし、芥川龍之介の旧居跡がどこにあるのか、探してみよー!」と、「田端文士記念館にも行ってみよう!」と心に決めて絵地図を写真に収める。





8/3:芥川龍之介の旧居跡(の案内板)、発見。(仮称)芥川龍之介記念館建設予定地と掲示された空き地が、近くにあった。



8/6:たまに無性に毛筆で文字が書きたくなって、芥川龍之介の旧居跡の近くの「上の坂」の案内板にあった短歌を書いてみる。どこか別の案内板に、この辺り(田端)は黄色い木だらけだ、みたいなのを読んだ気がするんだけど山吹のことなのかな?



8/7:初めて田端文士村記念館へ。特に印象に残ったのは、自死した芥川龍之介の、子供宛の遺書の複製。(→ 青空文庫で全文と他の人宛のものが読めます)。

遺書は8項目あり、その1は「人生は死に至る戦ひなることを忘るべからず」その4で「この人生の戦ひに破れし時には汝等の父の如く…(伏せておきます)…せよ。但し汝等の父の如く 他に不幸を及ぼすを避けよ」って、えー!ってなる。その8「汝等の父は汝等を愛す」でホッとした?り。

この日記的なものの冒頭で言及したドラマ「空白を満たしなさい」と同じだ、本当は芥川も生きたかったのではとか、私の知る人でも一人、自死した人がいて、その人のことも思い巡らす。



そして、前の晩に久しぶりにテレビに出てくださった、(ご自身も大切なお母様が自死した)宇多田ヒカルさんのインタビューで、「誰でもしんどい時ってある。そういう時に周りの負担になりたくないから、家族でさえ、もしくはすごく親しい友人にさえ友人にさえ、そういう気持ちを話せない。気を遣っちゃって」(略)「大切な人を亡くしている、いろんな状況でっていう経験をふまえると、その気持ちも分かるけど、私だったら、大切な人がそう思っているなら言ってほしいなって思う」「人に頼るっていうことはいいことだと思う。本当に自立した人間であるっていうことは、いろんな人にちょっとずつ頼るみたいなことが、本当は依存の逆の定義なんじゃないかなって思って。誰の周りにも、本当はもうちょっと頼ってほしいと思っている人がいるんじゃないかないるんじゃないかな」「その人物のイメージの歌ですね」と、「BAD MOOD」について話してらした。芥川龍之介の遺書を読んだ後に、また録画を見直して、菩薩のように見えたり(笑)、芥川(や、自死した友人)に聞かせたい〜!と思ったりする。



その晩、1970年台のクラシカルミュージックのコンサート映像も観ていて、マーラーの「復活」の歌詞も、生きること、死ぬことに関連するものが多くて、自死をテーマにした「空白を満たしなさい」からの、自死で愛する家族を亡くした宇多田ヒカルさんの言葉、そして自死した芥川龍之介の遺書、マーラーの「復活」の歌詞(この部分は放送されてなかった?か、私は途中から見始めたので覚えていない・後で調べて読んだのだけれど→ 信ぜよ おまえは甲斐なく生まれたのではない 甲斐なく生き 苦しんだのではない、など)、実に順序よく情報に接することができた数日間、という感じでした。生きること、死ぬこと、遺されること、などについて。

2022/07/09

ハスの花

 


2022/07/09:上野公園にて、ハスの花を見られました。




2022/06/18

皇居東御苑にてヒレナガニシキゴイに見とれる

 


2022/06/18:皇居東御苑へ。何年ぶりだろう?植物園としても、歴史的なこと(ああ、この広場が、ドラマとかの舞台で知る大奥かあ〜、とか)、いろいろ興味深かったのだけど、池の鯉が特に印象に残る。ん?あれ?なんか変わってるなあ、と目を引くというか。美しい。




とても優雅。


説明文によると、上皇陛下の発案で交配されたヒレナガニシキゴイという種類だそうです。

(余談ですが:ついこの間、上皇陛下の車列に遭遇したばかり→ コチラ



2022/06/09

東博150周年 / 上皇陛下の車列 / 英国女王在位70周年


 


2022/05/30:上野公園の中のトーハク(東京国立博物館)の前を通ると、あら、素敵。150周年の掲示物が目を引きました。年間パスポートを手に、通ったのも楽しかったなあ、コロナ禍でなかなか美術館・博物館にも行けてないけど…。→ 当時の雑記などはこちら



「150年後もお待ちしています。」のコピーも印象的。150年後に自分はいないのだと想像すると恐ろしくもあるコピーだけど、自分達が消えても博物館に所蔵されたものは残るんだなぁとか思うと見る時の尊敬度が上がるよね、とか、自分のちっぽけさを実感して謙虚になれる気もする



2022/06/09:ところ変わって日本橋。何となく、本当に何となく「日本橋(に行くの)だ」と思って、ちんたらとしたジョギングや散歩しをていて、「ん?なんか物々しい時に見る車(機動隊が乗る水色のやつ)がいるぞ?」→ からの、ん?なんか信号待ちしてる人にスーツの人が「下がってください」的なことをしているぞ。(映画の撮影とかやってるのかな?)→パトカーと黒い車が通過。(あ、要人か…)→からの、渡ったところで女性が護衛の人?SPさんに「天皇陛下ですかっ?」と聞いていて。SPさんも、ちょっと誇らしそうに(?)「上皇陛下です」と。(!!!わー!)。


特に天皇家ばんざい、でも天皇家はんたい、でもなく、さらに言えば写真に撮れている「この車」に乗っていたわけじゃないかも・目視では確認できずでしたが、それでも何か、ありがたいような、幸せな気分になりました。(上皇)天皇の存在は自分の中でどんなものか、とか考えたこともなかったけれども。*ちなみに私の祖母・祖父の世代は戦時中のこともあり、東京に来た時に年始の一般参賀に出かけたりしてましたが…。

もう一つ嬉しかったのは、自分のアンテナの感度を確認したことというか、その日の気分で、適当?直感で「日本橋だ!」と目的地を決めてからの、適当なペースで歩いたり走ったりして、この車列の通過の瞬間、この交差点にいる不思議を思って嬉しくなったりもして。もちろん史上最も上皇陛下に近づいた体験でした。

帰宅後にSNS経由で、上皇夫妻がトーハク(東京国立博物館)での沖縄関連の展覧会にお出かけになった映像を拝見して、なるほど、トーハク帰りでしたか!と思って、最初の「150年後もお待ちしています。」の掲示物と同じところに書いておこう、と思ったわけです。



話が逸れまくりついでに、少し前(6/4頃)は英国のエリザベス女王・在位70年の式典があって、テレビで観てすごいなあ、と圧倒されました。おもちゃの兵隊さん、のような可愛らしさと、賢そうな馬たちと、いろいろ。






それから、王室関連の写真などを見ていて、Princess Eugenieが家族の伝統にのっとって、耳の後ろに小さなタトゥーを入れているという記事(→ リンク切れになるかもですがこちら)を発見、そしたらエリザベス女王のおじいちゃんにタトゥー(刺青?)を入れたのは日本でのことだった、と知ってビックリしたりしてました。彫千代についての日本語の記事はこちら