2019/04/02

新しい朝ドラ、3年前の朝ドラ





4/2:奥山さん、奥山さんがモデルの朝ドラ「なつぞら」始まったよー。
…と、部屋に飾ってある年賀状(奥山玲子からの銅版画)に語りかけて
みるなど。何度かブログにも書いていた初個展の時から応援して
くださっていた方で、それもものすごい偶然というか数秒ずれて 
いたら出会えなかったタイミングで出会えた人。私が画廊の   
シャッターを開けた音に、マロニエ通りを歩いて、教鞭を執って 
いた学校に向かう途中の奥山さんがハッとした様子で「ちょっと 
見せてもらってもいいかしら?」(「前に通った時に気になって 
たの、今日もあまり時間はないのだけれど」とか、21年前の、淡い
記憶)と仰って、風のように軽やかに、スーッと入って作品をみて
くださって、一枚絵を購入してくださった後も、個展に足を運んで
くれて、応援してくださっていた人。長身で、笑顔が華やかで  
お洒落な格好良い女性という印象でした。           



奥山さんが2007年にお亡くなりになってから、奥山玲子さんを偲ぶ
展覧会の会場で、ああ、あの方が「アルプスの少女ハイジ」や、 
「母をたずねて三千里」などの名作のキャラクターデザインを手がけ
た、奥山さんの旦那様・小田部羊一さんをお見かけした事があるの
ですが、畏れ多くて声はかけずにいました。それからだいぶ経ち、
私が冒頭映像の絵を手がけた朝ドラ「とと姉ちゃん」の放送中、 
2016年に、たまたまイベントで初めて佐渡島に行く際に、ガイド
ブックを買いに立ち寄った本屋で)小田部さんの展覧会があり、 
言葉を交わすことができました。その時もどなたかとお話中で、 
(奥山さんの親類だったよう)、声をかけずに帰ろうかなと思って
いたら、芳名帳の名前を見て小田部さんが「辻恵子さんって、あの
あの(奥山さんが応援していた)辻さん?」「とと姉ちゃん」
オープニング絵の辻恵子さんもあなたですよね、という風に声を
かけてくださっていて、ああ、奥山さんが会わせてくれた、と 
お互いに感動していました。*その出会いの後、御霊前に、と 
上の写真の・涙色の花束を持った青い服の少女の貼り絵を作り、
ご無沙汰しているうちに出た絵本などと共に、お送りしました。
その時の日記はこちら。                



小田部さんとは、その年の末に「マルコの世界」展(左の写真が奥山さんと
小田部さんの写真です、同展覧会の図録より)にて再会した後、昨年秋の 
私の画業20周年の個展の時にもお会いできたのですが、その時に、実は… 
というように、次の朝ドラのヒロインのモデルが奥山さんなんだというのを
お聞きして、びっくりしていました。実際の彼女の人生と違う部分もある 
ようで、どこまで史実かは分からないけれど、「とと姉ちゃん」つながりで
奥山さん・小田部さんと再びやりとりをできるようになったようなもの: 
「あ、辻恵子さんってあの、辻さんかな?と小田部さんが気づいてくださって
いた事、小田部さんの展覧会をしていた本屋にいくきっかけの佐渡島での
イベントも、「とと姉ちゃん」の絵は辻さんだったのかーということから
だった。その後で、奥山さんがモデルの朝ドラが始まる。何だか不思議。
私の中では子役も広瀬すずさんも、リアル・奥山さんと重ねて観てしまい
そうです。何度も言いますが:史実とドラマは違うところもあるだろう 
けど、今は、あー、牛乳飲んでたから長身だったのかしら?とか、勝手に
想像したりしています。笑。                    









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