ラベル movie の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル movie の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021/04/22

「スパイの妻」の迫力ある微笑



「スパイの妻<劇場版>」Blu-ray豪華版

2021/04/22:録画してあった映画「スパイの妻」観終わる。すごかったー。←語彙力…。ネタバレになるとアレだから…。モゴモゴ、詳細は書きませんが、鬼気迫る?迫力のある微笑、なんてものがあるのか分からないけど、蒼井優さん演じる役でモナリザの微笑を思い出す。それと、コメディアンの ゆりやんレトリィバァだったか、の真似する古い時代の女優の喋り方みたいな、あそこまで誇張されてない自然な範囲で古風で、うまいなぁと思ったり。「おみごと!」。         

2020/06/13

「創」の字のこと / 映画「タクシー運転手」のこと




2020/06/13:数日前に皮膚科にて処置してもらったところに塗る薬に、
「傷」に塗ってください、ではなく「創」に塗ってくださいとあり。
どちらかというとポジティブなイメージの漢字・創、「創造する」
ことを意味する漢字と、傷ついた、そこなったみたいな意味が同居
するってどゆこと?と、ちょっと調べ物。象形文字的な観点から
みると、穀物をしまっておく倉と刀を表しているみたい。

ここによると、倉は音を表すためで、どちらかというと刀の
方が意味が重くて、素材に切れ目を入れるのが"工作の
最初の段階である"からだとか。切り絵も刃物
だから、創るの文字の右側が刃物、刃物で
作り出す、っていうのはちょっと
嬉しくもあり。





夜、何日かに分けて観ていた「タクシー運転手 約束は海を越えて」を
最後まで観る。実際にあった光州事件を題材にしていることもあり、
見応えのある作品だった。「パラサイト 半地下の家族」のお父さん役
を演じていたソン・ガンホさんの、気のいいおっちゃんぶりに和んでいた
序盤から、どんどんシビアに、激しく、重くなっていく空気。
近い国、近い時代(??生まれる前とかではなくて、私の場合は…
1980年代はまだ幼児でしたが)、こんなことが起こっていたのか!と
衝撃だったり、今起こっているBlack Lives Matterの運動や、
香港でのデモも連想して、民衆の活動のうねりと押さえつける国家
(など)の図のようなものは、繰り返されるものなのね、とも思う。




2020/02/03

「戦場のピアニスト」観ながら線画






2/3:寝る前にテレビをつけたらやっていた映画「戦場の

ピアニスト」を見始めてしまって、観つつ、聞きつつ、 
けっこう久しぶりに絵(線画)を描く。勝手に手は動き、
そうか、こんな穏やかなものが出てくる状況なら、大丈夫
だね、などと自己診断していました。映画はワルシャワが
舞台で、ユダヤ人迫害から逃れるピアニストが主人公。 
爆撃シーンなどもあるけれど、こんな静かな戦争映画が 
あるんだ、と感じる。彼もまた、しばらくピアノを弾く事
ができない状況から、再びピアノを前にしたときに勝手に
手が動くようなシーンがあり、まさにその時、久々に鉛筆
での絵を描いている自分と重ねて観ていた気もします。 









ところで最近、眼鏡を多用する生活に変えた
ので、久しぶりにコンタクトレンズをすると
記念自撮り?してしまうような・おめかしを
したような気分になって、パチリ。コートの
襟で顎の下がシュッとして見えますが、ここ
までシェイプアップできていません。   



この頃(後日書いていますが)、新型肺炎の
騒ぎが大きくなってきて、以前は香港で合同
展をご一緒した方などにマスクを送ってさし
あげようかな、と半ば本気で思ってたのに、
すでに薬局、コンビニのマスクは完売で、 
すっからかん。〜書いている2/20の時点でも
同じく。なんとなく交通機関に乗るのも怖い
感じがして、出不精・運動不足に陥りそうで
怖いなあ、と思う今日この頃です。    




2020/01/23

「パラサイト」を観に行く






1/22:無事に新しい本が出てほっとして、連載仕事(アレコレ)も
一段落してて(寂しいような、まっさらで自由なような)、日々の事
に追われつつ、やや「はあ、終わった…」(まだ完全には一段落でき
ていないけど)と、やや燃え尽き症候群(ゴールした後の虚脱感?)
のような感じになっていたことが否めない。力を出し切った後は、 
ちゃんと「次のこと」(例えば個展のこと)のためにも色んなものを
見たり聞いたり味わったり「入力」して、英気を養わなわないとね!
というモードに突入。自営業なので誰に断るでもないけど:「自分 
社長」にお休みを頂き、気になっていた映画「パラサイト 半地下の
家族」を観に行くことに、朝、決める。予約すると偶然、レディース
デーでお手頃価格な日でした(まあ、結局のところ、コーヒーと堂島
ロール:ケーキで浪費しましたけれども)。映画についてはなるべく
予備情報を入れずに観ました。怖い映画なのかなぁ、でも何か凄く 
グッとくるというか、面白そうだなぁ、あまり自由時間がない昨今、
時間つくれるのかなぁ、週末は絶対混むしなぁ…などと、もやもや 
考えていたけど、観に行ってよかった!という感じ。あっという間に
終わってしまった感、引き込まれ続けたまま。すごい。ネタバレに 
ならないように書くと、あれっ?怖くないじゃん、笑える感じのやつ
なのかな?いやいや、こわっ!っていうのが混じり合う。おかしみ、
貧富の差、満たされて富めるものが無邪気に傷つけること、等々。 







2019/11/23

「白蛇伝」を観に行く







11/23:朝から映画館(新宿・シネマカリテ)へ。先日まで
放送されていた朝ドラ「なつぞら」の主人公のモデルにも
なった・アニメーターで、私個人としては初個展の時に 
出会えた素敵な人(といいつつ、私は彼女のアニメーター
としての仕事は余り知らなかった)・奥山玲子さんが、
動画で関わった「白蛇伝」(1958年、昭和33年)を初めて
観る。叶精二さんの本『日本のアニメーションを築いた 
人々』によると、奥山さんの初仕事で、和尚がおむすびを
食べるシーンやイタチの歩きなどを担当したそう。   




写真の左側にいる、魚の妖精のキャラクターはニコニコして
いて、「かぐや姫の物語」の侍女を思い出したしコロコロして
二足歩行するパンダは漢方のキャラクター(手塚治虫がキャラ
デザらしい)を思い出した。←もちろん、それらの方が、この
作品に影響されているのだろうけれど、時系列的には。   

動物同士のケンカだけど今なら暴力的すぎてダメ!と自粛し
てしまいそうなシーンだったり、白蛇の妖精・パイニャン
色っぽいかんじ(色っぽすぎない、下品ではない色気。昔の
・1950年代の…って、「白蛇伝」と同時代か、のバービー人形
みたいなかんじ)、たまに、え、これをこの時代に??っと
いう、コンピーターで作ったみたいにきれいな星空や、赤い
何か(冥界に突入するときの星雲?)があったり、声優が、
森繁久彌、宮城まり子と二人だけ、いろんな声色で演じら
ているのにも驚いた。                 



物語は相入れない世界に住む二人の愛というところで
「ロミオとジュリエット」だとか、「人魚姫」とか、 
色んな普遍的な物語の要素が見て取れた。     

あの時代に、これを一枚一枚(手作業の)セル画で 
作っていたのだと思うと、気が遠くなるような思いが
して、何かメモするかもと膝に手帳をスタンバイして
いたけど、一瞬たりとも皆様の血と汗と涙の結晶を 
見逃しては失礼な気分で凝視していました。    








2019/09/10

どらやき食べつつ映画「あん」を観る




9/10:Nさんから、お野菜と一緒に、東十条の黒松本舗草(知らなかったんだけど
調べてみたら「東京三大どら焼き」の一つらしい、うさぎやは知ってた、あとは
亀十と、ここ?諸説あり??)の美味しいどら焼きを頂きました。あんこものと
いえば、なんとなく渋いお茶とかだと思うのに牛乳を欲するのはこのパンケーキ
状の部分のせいなのかしら?どうなんでしょうね。たまたま、この頂き物をした
頃に(後日書いてます、いつものことながら)、テレビで映画「あん」をやって
いました。樹木希林さん演じる謎の老女が、永瀬正敏さん演じる どら焼やで小豆
から「あん」を炊き始めるというお話で、「あん」を観ながら美味しい どら焼を
食べられるなんて!なんというタイムリーさ!と嬉しくなりました。この映画は
河瀬直美監督作品。和菓子が上達して売れてよかったね、みたいな話かと思って
いたら、ネタバレになってしまうので読みたくない方は読まないでくださいね:
(一応グレーの文字にしておこう)




らい病、ハンセン病という、差別を受けて、隔離されていた人々のことも描かれ
ていてハッとしました。この世にいないかのように扱われること、「普通の」 
社会から、はじき出されたように感じる体験、自分で囲いを作って、囲われて 
出られないと思ってしまうこととかにシンパシーを感じてしまって、ちょっと
泣きそうになりました。最後の樹木希林さん演じる役の台詞は、作品づくりで
大切にしてること(自然や、素材の声を聴くとか、自分のちっぽけさに引け目を
感じることはない事とか)に通じて、すごく心に刺さって、外出先で思い出して
うるうるしそうになるほどでした。序盤観られなくて残念だな。DVDかおかな。




後日、銀座の裏通り(樹木希林さんが出ている「日日是好日」観たとこ)に、 
「"樹木希林"を生きる」のポスターが。「あん」、すごくよかったっす!と心の中で
念じました。「あら、そーお、ありがと」とか言ってそうな希林さんでした。 

余談:一周忌で特番が組まれるなか、娘の内田也哉子さんが取材されて話をして
らっしゃる映像をよく見かけるたびに、朝ドラ「とと姉ちゃん」の冒頭映像や、
宇多田ヒカルさんのミュージックビデオ「花束を君に」(どちらも私が絵を制作
したチーム)を演出(監督)した映像作家の小川純子さんの声質とか喋り方に 
通じるものを感じて、少し懐かしい気持ちになります。たおやかで、優しそう、
でも強い。芯が通ってる感じも似ているのかも。顔や外見は全然似てないけど。

                               



「"樹木希林"を生きる」予告編。あれ、これ、NHKでやってたやつかな?

2019/06/06

「僕はイエス様が嫌い」と「ジャンヌ・ダルク」を観る







6/6:ポスターを見て(主に題名でグッときて)気になってた映画「僕はイエス様が嫌い
みてきました。途中で、あ、こうなるんだろうな、と読めてしまったところもあるのだけれど
それも普遍的ってことなのだろうと思う。なんと22歳の監督なのだとか。余談ですが私の初個展
23歳の時、1つしか違わないけど映画というの多くの人が関わって、お金もかかって、おいそれと
映画監督にはなれないイメージ。職業を持って、二足のわらじで映画を作っているそう。そのせい
もあるのか、いい意味で肩の力が抜けているというか、鼻息が荒くない。淡々として、美しい。
その次の日だったか、BS放送でミラ・ジョボビッチ主演の「ジャンヌ・ダルク」を観ていた。
「僕はイエス様が嫌い」とは全然違う時代と内容だけれども、カミサマって、祈りって何、
人が本当に叶えたいこととは。大事なものとは。あれこれ考えながら観ていた。
「僕はイエス様が嫌い」の主人公はまだ幼くて、信仰があった上で入学したのではない
キリスト教系の小学校で、学校の先生にもらったカードに描かれた、十字架を
背負った男のことを知らない。理屈も何もなく無心で祈るポーズを
することで現れる「イエス様」。自分の祈りは、そんなこと
までいいの?ということまで叶ったり、本当に叶えて
欲しいときに出てこなかったりする。
あ、ネタバレになりそうなので、
映画館でどうぞ!



2019/04/15

「McQueen」鑑賞後、昔の自分の絵を掘り出す




4/15:学生時代に宿題で描いたファッションショーの絵を久しぶりに見る。
気恥ずかしさを伴うものやら、残す価値ないね、と思うものやら。そう
やって上手くなってくんだろうな、たくさん描いて、たくさん捨てる。
なぜ掘り返していたかと言いますと…



4/10:ファッション・デザイナーのアレキサンダー・マックイーンのドキュメンタリー
映画「McQueen」を観に行きました。規模や分野はちがえど、同じ表現するものとして
作り続けること、作品は目立って欲しいけど自分は目立ちたくないこと、作品に心血を
そそぐことのしんどさ、その結果の美しさ。ガサツさ(毒舌英国ジョーク)と繊細さ。
製作中に、クチュリエが精密に仕上げた部分の修正に、いきなりハサミをいれてしまう
ような彼のダイナミックさと、その底にあるテーラーで学んだ基盤。実話だからこその
痛みもあり、時々うるっとする。隣や後ろからすすり泣く声。まあ、美しいものは、 
その下に実は熱いマグマだったり鍛錬だったりを秘めてるんだよね、たいていの場合。











これ(1997年)とか、絶対描いてたと思うんだけどなあ。
どこかにしまいこんであるのか、もう捨てちゃったか。 








2018/11/18

積ん読を減らそう:「影をなくした男」のこと








11/18:先日亡くなったばかりの友人の訳書も発注したり
柳生まち子さんの装幀画に一目惚れして江國香織さんの
本を買ってしまったのに、その前からある「積ん読」 
(読んでいない、積まれている本)を減らす月間にしよう
かと思いたち、実行にうつす。映画にもなった「インド
夜想曲」に、この「影をなくした男」の主人公の名前を
偽名として使うキャラクターが出てくるので、いつか 
読んでみたい、と思っていた一冊。         


インド夜想曲 [DVD]インド夜想曲 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

「インド夜想曲」はアントニオ・タブッキ・原作。私は先に映画を観て、
その後に原作(須賀敦子さん・訳書)を読んだのですが、映画と原作に
設定が違う部分も多くもあり、両方に「影をなくした男」の主人公の
名前を偽名として使うキャラクターが出てくるのかは失念、映画には
出てくるのですが。                      



ネタバレになってしまうので多くは語りませんが、意外な
展開でした。表紙がヒントだったか!とも。積ん読の読み
残してあったもの、2晩で読了。眠る前に携帯端末の光を
浴びながらSNSを眺めるよりも充実感と眠気がやってくる
ことを知る。                    





翻訳を手がけた池内紀さんの後書きも良かった。私の初めての
絵本の仕事は木坂涼さん・作「かげはどこ」だったもので、 
影についての話が興味を引く。「私という他人」としての影。
"ある齢ごろ(としごろ)になってようやく影の意味合いに気がつく"
ということだとか。生きているからこそ、実体があるからこそ
の影、でもあると思う。                 



この本の翻訳者・池内紀さんというと新聞の切り抜きをしてるときに
拝見したことがある、まぶしそうな目の笑顔みたいな、若々しいお顔
の印象だけど(現在78歳とは!と調べて驚く)、1985年にこの本を 
訳してたようでした。初版が出た当時、45歳。やっぱ(台湾文学を 
精力的に翻訳してた友→)天野さん47歳でしぬのは早すぎ!と思うと
同時に、ただ、直接関わった人たち(著者や翻訳者や編集者など)が
年を取ろうとも、例えば亡くなろうとも良書は読み継がれるという事
は、(池内さんご存命だけど)46刷という数字を見ても実感できた。


画集・ビアズレー (1978年)

それから、挿絵がA・ビアズレーのようだな?と思いきや、調べると
ビアズレーの方が「影をなくした男」の挿絵画家よりも若い世代で、
私がビアズレー、すごい!個性的!と感じていた大胆な構図だとか、
墨一色の感じだとかも、私が知らないだけで「その時代」の空気感と
いうか、先達の流れを汲んで、そこにデカダンスな雰囲気が加わった
ような感じなのかな?と考える。「影をなくした男」の挿絵画家は、
ビアズレーほど日本において知られていないし、どっちが先だ、とか
どっちがいい画家だ、とかいう話ではなく、へー、なるほど、色んな
ものを見ないと、その絵の時代背景だとか当時の流行だとかを知ると
更に深く作品を感じ取れるのかもしれないなあ、と思いました。  




2018/11/02

日日是好日〜まっちゃんまつり〜Laughter In The Dark




11/2:朝イチで映画「日日是好日」を観に行きました。茶道は、御教室に通った経験のある母からの教え?だけで習ったことがないのだけど、母いわく動きに無駄がないのだそう。印刷物などから人物像を切り出す(私のスタイルの)切り絵の制作風景をお見せすることがあると、よく「どうしたらそんな風にできるんですか?」というような質問をされるのだけど、「手が動くに任せる」と答えることが多い。

この映画のなかでも、黒木華さん演じる20歳の女性が、ある時ふと手が勝手に(自然に)動くという経験をする。頭で考えすぎないで、型を繰り返すことで身体に染み付くってこと、最初の個展の時に出した作品も、よく一晩で百点以上とか作ってたなあ、と思い出したり。感じ取ること 繊細にアンテナを張ること、頭で考えすぎないこと、細部に神経を注ぐこと(そーっと置く 仕草の美しさよ)、利休の時代などいつ永遠の別れがあるとも知れず、現代のように電話もない時代、茶事をするのも一期一会で、次はないかもしれない、という覚悟でもてなしたりもてなされたりする、ってこと。などなど。   









映画館を出たとこにあるCD屋さんで、昨年末に初めて生で観た神田松之丞の音源を買いました。宇多田ヒカルさんのフリーペーパー「うたマガ」も頂く。


最新号の「Pen +」も神田松之丞特集!ですね。





「日日是好日」を観た映画館のすぐ近くのCD屋で神田松之丞のCDを買って、デザイナーと待ち合わせランチミーティング。その帰りに、近日開催だった宇多田ヒカルさんのアリーナ 
コンサートのために望遠鏡?を借りにいき、家に戻ってから神田松之丞の公演にお誘いいただいて、なんてタイミングの良さだ!(望遠鏡も、CDも持ち帰った日に)と驚く。   





私の絵が冒頭映像でアニメーションとなった朝ドラ「とと姉ちゃん」の主題歌 「花束を君に」が宇多田さんの活動休止期間からの復帰第1作で、そのあと、その曲のミュージック・ビデオも同じチーム(映像作家、アニメーターと絵描き)で手がけ、その絵コンテ(by 映像作家の小川純子さん)を宇多田さんが目にした時、御母上・藤圭子さんが他界した後に初めて書いた曲、歌詞がつかなかった曲の歌詞を書き上げるインスピレーションの源となったらしいことを、後にインタビューで知って、その曲が「人魚」という題名だったのです。

実際には純子さんと宇多田さんのことだけれど、会ったことのない歌姫と、平安時代に詩歌(作品)でやり取りをする感じって、こんなかな?と嬉しくなったっけ。

その「人魚」や「花束を君に」が入っているアルバム「Fantôme」の時にも、宇多田さんは一曲目をステートメント(声明?意思表明的な)のような曲だ、と話していたのをどこかで耳にしたのだけど、前作の一曲目は何をしていても(なき母と)共にあるのよ、というような内容で、最新作だと、悲しい話はもう沢山〜飯食って笑って寝よう、になってるのがフフフ、ってなりました。乗り越えたね、と。

コンサート、きっと泣くだろう、と想像中。      
              
          (11/2のこと、前に書いたのそのまま)




もうひとつ嬉しかったのは、望遠鏡を借りにいく途中に、この本を買えたこと。オランダの人は誰でも知っているらしいキャラクター「イップとヤネケ」。

オランダと私の縁の始まりは、初個展が決まった日と同じ日に、母校の学園祭に来ていた後輩のお姉様と出会えたこと(彼女はオランダ在住)だったんだけど、その次のオランダとのご縁は、彼らのおかげなのです。        

オランダに買い付けに行っていた雑貨店のオーナーが、お土産でくださった、HEMA(という店、洒落たスーパー)のお菓子の箱にイップとヤネケの絵があり、その写真を当時ハマっていたフォト・シェアリング・サイト(フランスの合同展の画廊主にも繋いで くれたSNS)Flickrに投稿したら、「それ、私の国のキャラクターよ!」というようなコメントをくれたのが、絵本作家のハーティーさんで、彼女の友達で日本語訳も出ているヒッテさんが東京駅の 
大丸デパートでの絵本展に作品を出すから見に行ってあげて、とか、何やらあり、しばらくたって・四年前の初欧州旅で初めてオランダにいくことができたのでした。ある意味イップとヤネケはオランダ人の友人達と私のキューピッド。やっと読める。    




あれ、宇多田さんの今回のツアーのメインビジュアルと並べてみると、きょうだいみたい。笑。 



後日、記(そのいち)


後日追記:11/4、東京・有楽町にある、よみうりホールへ。下階の家電量販店は行ったことあったけど、ホールは初めて入りました。なんとなく昭和レトロな雰囲気が素敵でした。



迫力と柔軟さのある語り口に引き込まれる。幕間に2日前に別のCDを買ったばかりなのだけど、また買っちゃいました。講談も、落語と同じく→ 見習い〜前座〜二つ目、真打という階級があり、彼は二つ目。二つ目で、この完成度ですか!と思う。

あまり詳しくないからどういう判断で真打になれるのかわからないけど、そうとなったら大騒ぎだろうなあ。もう実力・人気共に、充分なのだけど、まだまだ、と焦らされてる感すら感じます。講談は伝統芸能の中でも演じる人口が少ないとか。
 
こういう方こそ、長生きしてほしい!…などと、生き死にのことを言うのは不謹慎かもしれないけれども、55歳で他界した浪曲浪曲師の国本武春さんのことを思うと半ば真面目に、そう思う。                         





ところで今回は「Pen+」の編集長(10年前、本誌の「Pen」での紙特集で記事を書いてくださったOさん)がお招きくださって、絵描き仲間の坂本千明さんをお誘いして伺いました。

「神田松之丞っ?大好き!」って言う人ではなくて、前に私が神田松之丞さんの公演を観た時のように、予備知識ゼロでも楽しめると思う!と、お話しして。                       










chiakisakamotoさん(@chiakisakamoto)がシェアした投稿 - 



坂本さんがインスタに写真を投稿して、「この写真、神田松之丞さんが手だけ女装して頬杖ついてるみたいだねえ」なんて笑っていたら、坂本さんのご友人で、「Pen+」の神田松之丞特集でも文章を書いているライターさんが「私も来てます!」と(SNSに)反応あり、え、どこどこ?同じ最後列? (私、その人の顔わかんないけど)手ぇ振ってみようか、わー。あ!(振り返してくれる人が)居た居た!と嬉しい出会いもありました。何が嬉しかったかって言うのは、宇多田さんのコンサートの時の話(下に追記します)に書こうかな。  



坂本さんと、その方と、美味しい食事をして、帰路につく途中、ふと見上げると、いくつもあるビルの窓の中で一つだけ明かりがついていて素敵(?怖いのか、不思議な)景色を見ました。           



追記(その2)


神田松之丞さんの公演の2日後、今度は、同じくお招きいただいて宇多田ヒカルさんの!アリーナコンサートに出かけました。ミュージック・ビデオ「花束を君に」の制作チームと。(ちなみに、NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」の冒頭映像と、同じメンツ:ドラマの方は写真家の大沼ショージさんも加わります)。先日の個展でお会いしたばかりですが、普段なかなか会えないので、ゆっくり話ができて嬉しかった。ここで、2日前にばったりお会い
できたライターさんが、なんと我々と会議をしていた番組関係者の方と学友で、あの映像をとても褒めていた、というようなお話を聞けたんだよ、よかったよねー、と、聞いたばかりの嬉しい話を一番わかちあいたい仲間にホカホカのうちに伝えられたのでした。

*写真は左から私(絵・辻恵子)、アニメーターの小中志展さん、映像作家の小川純子さん。                 





アリーナコンサートツアーの初日の会場、横浜アリーナは、宇多田ヒカルさんが活動休止する前の最後のコンサート会場でもありました。(上の写真は、「花束を君に」のお仕事を
するときに資料的にいただいたブルーレイディスク)。8年ぶりのコンサート、ということになるわけです。観る側なのに、朝から緊張して手に汗かいたり電車でお腹が痛くなりそうになったよ、と仲間に笑い話みたいに話すと、あー、(宇多田さんに?)同調しちゃってるね、と。もしかしたら、そうかもしれない。           




宇多田ヒカルさんの歌、ナマで聴けることがあるなんて。音源で聴いていても鳥肌が立つくらいなのだから、絶対泣いちゃいそう、と思ったら案の定…でした。「道」で、ほろり。我々チームもミュージックビデオで携わる事ができた「花束を君に」は、メインステージではなく座席の真ん中に設けられた小さな島のような舞台で歌われて、少しづつ回転してくださっていたので時々お顔が見られたくらいだったのだけど、少しウルウル。「花束を君に」を
聴き終わった我ら(映像チーム)、握手をしました。お疲れ様、のような、たどり着きましたね、のような、凄く贅沢なご褒美いただいたね、みたいな。そんな握手。




宇多田ヒカルさんの「花束を君に」ミュージック・ビデオ(2016年)
映像作家=小川純子、アニメーター=小中志展、絵=辻恵子
映像会社=祭






宇多田さんの、白と黒の衣装も素敵だったし照明も格好よかったね、新横浜駅まで歩く短い距離で、感想を交わし合う。「天才」という言葉は、本人の努力を無視しているような感じがして、私は好んで使わないんだけど、いやあ、天才、天才ですよね。と繰り返して 言っていました。

いやあ、至福の夜でした。ツアータイトルは「Laughter In The Dark」でした。厳密に描いていないから分かりづらいけれども、白いミニ丈のドレスに、角度によっては黒いロング丈のドレスをまとっているようにも見える黒い布をあしらっていて、 白は光、黒は影(闇)、陰陽だとか、暗闇(暗いもの)の中での笑い声(明るいもの)、だとかを連想させて、洒落てるぅ!って思って、あああ、線画で描きたいよー、(仕事や私事でなかなか時間とれないが!)と思っていたの、やっと先ほど描けました。  (2018/11/16、追記)




ラフターインザダークの映像:ブルーレイディスク、届いた!箱に入って写真のブックもついて、の特装版を手に入れました。        (2019/7/24の写真)