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2019/04/01

実写版「ダンボ」を、新元号発表の日に観る





4/1:ティム・バートン監督の実写版「ダンボ」を観てきました。よかった。
あのキャラクターは知っていたけれど、そういえばちゃんと観たことはなく、
ストーリーも「飛べるゾウでしょ?」止まりだったので、「え、こんな、泣く
感じのやつ?」と戸惑いながらも所々で泣いてました。          






*





ウィキペディアで確認したら、あ、現代風ね、っていうアレンジもあり。・
アニメ版も観たくなる。YouTubeでも少し観られたアニメ版では
↓



動物が喋ったりするのに反して、実写版の映画では象をはじめ、アニメ版では
主要キャラクターであるらしいネズミなど、動物は人間の言葉を喋らない。




オリジナルのアニメのキャラよりも憂いを帯びた、うるうるした瞳 ◉◉ が語ることの
多さに、心打たれる。モガ風のサーカスのスターも可愛かったなぁ。(デビッド・  
ボウイとスザンナ・アークウェットが出ている映画のマジシャン役を思い出す)。  

*





ちなみにこのダンボ象は、観に行った映画館ではなくて、後日たまたま
通りかかった新宿ピカデリーで遭遇できました。わー、嬉しい!と、 
少し浮き足立って、自撮りを撮ってしまう。            



その時に慌てて、端末を落として、パーン!なんども落としていても
壊れなかった、ウサギのチャームの耳が折れました。「ふつうの」の
象より長い耳を持ったダンボ像の前で、そして、ウサギのチャームを
買う時に訪れる(滅多に行かない)横浜に行く前日に壊れたのは、 
なんと言うか不思議なタイミングでした。こう言うものが壊れる時、
代わりに難をかぶってくれた感じがするので、あー、残念!という 
よりも、ありがとう、という感じがします。左の写真は、翌日に手に
入れた新しいチャームです。                  


*




話が逸れましたが、それにしても、アニメ版「ダンボ」が1941年の
作品だということにも驚きました。第二次世界大戦は1939〜45年。
日本では「贅沢をするなー!」みたいな風潮だった頃に、こんな、
(飛ぶゾウの話…というか、「戦意高揚!」とかじゃない余裕のある)
作品をつくるなんて!そりゃあ勝負にならないですよね、とか。 

一緒に観に行く?とお誘いしたのが作家仲間で鳥の絵を描くユカワ
アツコさんだったのだけど、映画が始まってから、あー。飛ぶ象=
鳥のよう=ユカワさん、という脳内での連想だったの?我が脳よ、
と突っ込んでしまうようなこともありました。         


*




実写映画「ダンボ」を観に行った日は4/1、平成に変わる新しい元号が
発表された日でした。上映前にギリギリ分かるかな?と思うくらいの
時間帯だったのだけど叶わず、終わった後に「令和」かー!と知る。
令の字は、下がカタカナの「マ」でもいいらしいですね。     




ちょっと書いてみたくなります。末広がりな形(写真の中の赤い線)
まっすぐな縦棒(写真の中の緑の線)が入ってるんだな。まだ、  
言いにくいな、とかいう感じで、慣れない。下は映画館の字幕で  
レトロ風な雰囲気が印象的だった書体の、「う」です。      












2016/09/21

鼻に花 ✿






「あれー?鼻に花がー、てへっ!」みたいな。やらせじゃないよ、すごい偶然




2015/03/16

鉄びんマウス





「ちょっとこれ運んで」と渡された一式をみて「ミッキーマウスだね」と言うと、
「ほんとだ!気づかなかった!」と言われる。よく、私の制作した(印刷物等から
切り出す)切り絵の人物像は、切る前に「見えて」るんですか、と聞かれる。
そのとき、「んー、見えてるっていうか…」と、感覚が上手く説明できないの
だけれど(出てくるのを手助けする感じです、とか言います)、こういう風に
別のことなら「"見えて"る/"見えて"ない」って分かるなあ、と一人、納得。
見える、と人がいうのは認識できる、に近いのかしら。いわれないと、そう 
見えない人もいる、というか。そんなことを考えていた日の夜、録画していた
脚本家・木皿泉さんと俳優さんの対談番組を観ていたら、この一件にシンクロ
するように「脚本を読むと"みえる"んですか?すごい!(私達:木皿泉さんも
俳優さんと)同じ同じ!」というような会話をきいた。はて、「見える」とは
想像力?認識?むむむ。答えまではたどり着かないものの、ヒントは前よりも
増えたみたい。                            








2015/01/16

スウェーデンから作品もどる→ 映画館でベイマックス










スウェーデンから荷物が届きました。夏頃に東京から(そして茅ヶ崎・大阪から)
発送した本や作品が→ フランスでの合同展「PAPIER - 紙」に並び、その会期後に
→ 北欧はスウェーデンでの個展「Dolda Former, Dolda Berättelser」へと旅をして
年明け、本日帰宅。お帰り!あれこれが入れられていた箱の、水色と白と黄色。 
なんとなく北欧らしい色合いだなあ。スウェーデンの国旗の色か。*白は除く。 
ともあれ、昨年から始まった欧州〜北欧の展示関連が一段落した心地。     






NHKで、「ベイマックス」の製作に取り組むジョン・ラセターの
ドキュメンタリー番組を観てから、観に行こう、と思っていた 
アニメーション映画「ベイマックス」。正月休みはきっと混んで
いるだろうし…と先延ばしになっていた。思い立ったが吉日だ。
ぱっと出かける。吹き替え版、3D。白いポワンポワンした   
ロボットの動きの愛らしさに、ふふふ、となる。登場人物の一人
一人が魅力的。ときどき、実写に見えるほどのコンピューター・
グラフィックスでありつつ、手でさわれそうな肌の質感だった。
物語について書くとネタバレになりそうなので劇場でどうぞ。 :)





入り口で頂いたチラシに、映画館が来月に閉まると書いてあって驚く。 
といっても直ぐ向かいのマリオンにも同じくTOHOシネマズが入って  
いるのでアレですけれど。ここでは何回か映画をみたはずなのだけれど、
どの作品か思い出せない。過去の上映作品も、検索できたらいいのにな。
映画館の外に出て、有楽町のガード下のあたりを歩くと、さっきまで  
スクリーンの中で見ていたサンフランソウキョウ(サンフランシスコと 
東京を合わせたような町、物語の舞台)の景色が重なる。昭和の雰囲気。







2014/11/09

「PAPIER - 紙」展・欧州旅日記:ヴェルニサージュ、沢山の来客







(「PAPIER - 紙」展・欧州旅日記:つづき)「PAPIER - 紙」の初日…というかヴェルニサージュ(ここの記事を参照)。内覧会というか展覧会一般公開前の特別公開、なのですね。会場のLe Poulaillerのある辺りは、朝にコケコッコーとかモー、とか聞こえるほどに、のどかなエリアだし、私はヨーロッパで初の展覧会だし、どのくらいの方がいらしてくださるのだろう?と思っていたら…

↓




うわっ、と老若男女、沢山の方々にお越しいただきました。中には、
先程ご紹介した隣国ベルギーからいらしてくださった友も。    


*




出品作家:Maartje(マールチェ)さんの作品を見る、同じく

出品作家のJudith(ユーディット)さん。         





そして、私の作品のポーズの真似をするマールチェさん(笑)。




 

実は、フランスに来る前にMaartjeさんと作品を交換しよう、と約束していました。
彼女がポーズを真似した「F」の作品と、私が抱えているマリアさまの絵を交換こ。
ふたりとも、作品のポーズのまねっこしてますね。笑。             


*




欧州旅から戻って、どうだった?と友人にきかれて、「うん!自信がついた!」と
言いました。私の作品を評価してくれる友なので「そうりゃそうだよ、辻恵子の 
作品みたら、みんなびっくりするよ」と言う。「いや、英語とか通じてさ、ほっと
したの」と私。「そっちかい!」と、友。でも、作家としても、自信つきました。
こうやって機会をあたえてもらって、来られて、しあわせ、とおもいました。  


*




画廊主の奥様・マダムはいろんなお料理をつくってくださいました。バーに
ぎっしりと人がいて、テリーヌのようなものや自分で焼いたパン、ピザ風の
もの、などなど…。あまりに人がいて落ち着いて食べられなかったけれど。

英語を話せる、教師だという女性と、立ち話をする。作品を作るうえで  
「核」というか私が大切にしているのは、という話をするときに、     
ウィリアム・ブレイクの「Auguries of Innocence」の冒頭の数行を   
引用すると、「はっ!そうか、そういうことね!」と腑に落ちた顔を   
なさって、詩人の言葉は万国共通というか、すごいな、と再認識。    
 
一粒の砂に世界を、野の花に天国を…                

これを読んだ学生時代には具体的に「はっ!そうか!」と思ったわけでは
ないのだけれど、「なんでもない」と思われているものの中にも、   
詩人は「なにか」を見つけているのだ、と知った。          

ちょっと視点を変えれば「ただの」新聞紙にだって、面白いものが   
かくれてるかもしれないじゃない?と。画材を買い込んで       
作るのではなく、ハサミと、紙だけで作るようなもの。        

そんなヒントを、きっと間接的にもらっていたのだともう。      


*




画廊主の娘さん(アリス)にも会えた。かわいらしい人だった。「ご両親、 
本当に素敵な人たちですね!」と言うと否定せずニッコリと「でしょー!」 
なんていって、笑うような。私が泊めていただいた部屋にあったオカッパ頭の
ザジみたいな可愛い子がアリスで、大人になった彼女は不思議の国のアリスが
着ているスカートみたいな水色のリボンをつけていた。          






(このビデオ、とてもすきなのです、アリス話に便乗して載せちゃおう:笑)


*




それから、絵は、ユニバーサルなものなのだなあ、とも感じました。
説明を求められることもなく、じっと直接、自分で作品と対話する 
人が多かった印象。ニコニコと「わあ、ほんとうにすごいわ!」と 
喜んでくれたご婦人だとか、あれが欲しかったのだけれど売れて  
しまってて残念、と話すおじさまなど。いろんな方に会えました。 





中庭からみた画廊。18時半から始まったオープニングパーティー、というか 
ヴェルニサージュ?(ってこういう語源なのですね:ニス)なかなか終わらず
少し人酔いして後半、別室で休んでいたら、コンコン、とガラス越しにドアを
叩く音。女の子が、ニッコニコで「Merci!」と言ってくれたので、私も、 
「Merci!」と返しました。少しづつお帰りになるゲストたち。最後の車の  
エンジン音がきこえたのは深夜12時すぎでした。 (旅日記、つづきます)


*




「PAPIER - 紙」                             
作家: Maartje Jaquet, Judith Koning, Charlotte Moufti, 辻恵子
会期: 2014年10月11日(土)〜 11月9日(日)        
会場: Le Poulailler                       
住所: 11 Rue du Saint-Get, 59830 Wannehain, France    





2014/07/12

"ブックシェア2" @ tray へ






編集者・木村真さんが主催する、tray(*)での「ブックシェア2」へ。
ブックシェアって何だ、って説明しづらいので紹介文の一部を引用:  

>「ブックシェア」では、テーマに沿ったお気に入りの一冊を参加者が持ち寄り、
> 見知らぬ人におススメして、みんなで褒め合ったり、うらやましがったり  
> する会です。思いがけない本との出会いがあるかもしれません。      





私も参加した前回は海外の絵本、今回のテーマは、日本の絵本。最初に参加者が
持ち寄った絵本を紹介していくのですが、私は柳生まち子さんの絵本を持って行き
行きました。久しぶりにめくってみると表紙をひらいたところ(写真・左)の色に
見覚えが。私の初の絵本「かげはどこ」も同じ場所が同じような色だった!この 
ページは、特色がつかえるのでいくらでも鮮やかな色にできるのに、グレーを  
選んだ。まち子さんも!わあ、うれしい。と。ちょっと感動。同じ夏の話、   
白いシャツの子供が主人公。だからかな。                  



参加者の選書紹介がおわると、木村さんの貴重なコレクションが紹介されます。
武井武雄の生き生きした線だとか、すごいなあ。と再認識。古い子供絵本の  
巻末を眺めていたら、今、朝のドラマ「花子とアン」の主人公として注目を  
あつめる村岡花子(*)が訳したディズニーの絵本「ピノチオ」が出るよ!  
と、紹介されてて、驚く。昭和26年。彼が「ピノキオ」じゃなかった頃。   






近代に向かっていくと、作者のプロフィール写真が若い!という人がちらほら。
井上洋介、谷川俊太郎、糸井重里…などなど。本当、何が出てくるか楽しみ  
なのです。帰り道、同席していた方と話していたけれど、手で持って閲覧できる
美術館のようなもの。上の写真は、井上洋介・挿絵「ジャングル学校」の原画!






谷川俊太郎・和田誠という「このえほん」。この絵本が君の手元に届くまでには
印刷所←作家・絵かきの頭のなか←そもそも紙は何からできているかというと…
と、さかのぼっていく。最後はひと粒の、種まで。いいなあ、「このえほん」、
欲しいなあ。参加者の選書のなかにも、ぐっとくるものが多く、この絵、   
すてき!とか、静かに刺激的な時間でした。そして絵本という媒体についての 
話(話し合い?会話)も。たとえば文字を書く人と、絵を描く人がいるばあいの
こと、言葉・物語を作る人の持つ力と、絵の持つ力。自分で発言していて、  
あ、そうか、と気づいたのは、読み聞かせをしたりするから、音として発音を 
したときのことを作家は考えて作るの、だろうか。とか。いろいろ考えながら 
お家にかえりました。