2016/06/16

打合せ中のメモ:「はーなたーばを、小中さんに〜 ♪」?




夜、新しい打ち合わせ。「はーなたーばを、  
小中さん(アニメーター)に〜♪」…ではなくて。





鉛筆を4本削って3枚の線画を直し、OPチーム4分の3、集合





一昨日、某おしごとの打合せの後、その仕事に必要な紙を買うついでに
画材店で鉛筆を四本、買っといた。昨日は鉛筆を削るまでしか、作業が
進まなかった(笑)。柔らかい鉛筆は減りも早いし落とすと折れ易い。



この日は、まずは朝から直しの仕事。
集中して、3枚、微調整する。   





夕方に、再び大沼ショージ展へ。とと姉ちゃん」のオープニング
映像のチーム(写真左:映像監督の小川純子さん、中央:写真家の
大沼ショージさん、そして右:私・辻恵子が絵)の、4分の3が 
集合。(もうひとり、アニメーターの小中志展さんは別の日に)。
ショージくんの写真展19日まで、谷中のHAGISOで開催中!  
…ですよ!(と、再びおしらせしておきます)。       











2016/06/15

「とと姉ちゃん」展へ/おばあさんの帯留め ✿






忙しくてなかなか行けなかったけれど、朝ドラ「とと姉ちゃん」の
とと(父親・竹蔵)のように時間を作り?今日は母と一緒に、 
東京・渋谷のNHKスタジオパークに行ってきました。      


大きなテレビをお持ちの方しか気づかないかもしれませんが
「とと姉ちゃん」オープニング映像に出てくるお祖母様の  
帯留めは、あの花の形だったりします。他にも、アニメー
ションにするときに加工されて原画と違う部分もあり  
(お気づきになるでしょうか、会場でのお楽しみにしとこう
かしら)、是非実物を見にいらしてください。余談ですが
このおばあさんは、私の祖母にちょっと似ています。似せ
ようとしたわけでもないのに、不思議です。人は見たこと
あるものがじわっと奥底に染みこんで、それが創作の時に
出てくるものなのかもしれません。着物をよく着ていた、
クチナシの花が咲く頃に亡くなった、おばあちゃん。何故
そういうふうに祖母とクチナシが結び付けられているかと
いうと、お葬式にいくために出かけるとき、その香りが 
漂ってきて、ふとみると、あの白い花があったのが凄く 
印象に残っているから、なのですが。って余談が長く…。







スタジオパークの中は、有名人のサインやスタジオ
周辺など、撮影禁止のところもいくつかあるよう 
ですが、「とと姉ちゃん」展のエリアは撮影OK. 
私も、監視員のお姉さんに、これ作ったの私なの 
ですが、なんて要らぬ説明をして(笑)、両親と 
一緒に自分の作品の展示スペースを背景に、記念 
写真を撮っていただきました。        




スタジオパークに着いたのが昼時だったので、じつは
入館する前に腹ごしらえをしました。レストランでは
「とと姉ちゃん」の舞台・深川時代にちなんだアサリ
ごはんと、うどんのセットをいただきました。同番組
の試写会が行われた日、まだ「オープニング映像の絵
を制作しました!」とおおっぴらには公表していない
頃、試写のあと、ほっとしてソフトクリームを食べた
思い出の売店、のおとなりのレストランです。笑。 




ショップにも「とと姉ちゃん」関連グッズがいくつか
あって、辻恵子(私)の絵「っぽい」パッケージの 
ラングドシャも売っていて(!わー:笑)、朝ドラ、
やはりすごい(大きな)プロジェクトなんだなあ、と
実感。製菓会社さんが考えて下さったんだろうなあ。




中身はこんなかんじ。ちなみに、何度か書いていますが
番組の題字や隣にある女の子の顔は某・グラフィック・
デザイナーさんのの作です。話をスタジオパークに  
もどすと、昼御飯を食べ「とと姉ちゃん」展を見終わる
頃に、ちょうど生放送番組「スタジオパークから   
こんにちは」の開始時間だったので、冒頭の「スタジオ
パークから〜?」「こーんにーちはー!」の掛け声、 
やってきました。ゲストは、「とと姉ちゃん」にも  
ご出演のハマケンさんでした。帰って録画をみると、 
父母私、ちらりとですが写ってました。始まる前には 
たまたま、「とと姉ちゃん」のプロデューサーさんが 
通りかかったのを見つけ、一言ご挨拶できたのも、  
びっくりだったし、よいお出かけの日でした。    





2016/06/14

「とと姉ちゃん」でご一緒した大沼ショージさんの個展 → 打合せ




とと姉ちゃん」のオープニング映像でご一緒した写真家大沼ショージさんの個展「火と。水と。土と。」が、谷中のHAGISOで本日初日。6/19まで開催中です。 北之庄の若い女性のお百姓さんの一年を追った写真。


朝8時〜10時半、昼12〜夜21時までという営業時間で会期中は展示にちなみ、併設されたカフェスペースで滋賀の食材や東近江の食事(朝・昼食)が楽しめたり週末には滋賀の食材の販売や、ヨシの葉で包んだ、ようです。                   


初日ということもあり、面識のある(大沼さんとの共通の友人・知人)達にも、ばったりお会いする。書籍類も色々ずらり、と並んでいて興味深い。是非お立ち寄り下さい。






初めて訪れたHAGISOは、萩荘、築・60年の木造アパートを改装した建物だそうです→(HPでの詳細)。階段の踊り場に小鳥たちがいて、しばし観察。んー?誰ー?というかんじで カメラ目線いただきました。会話をするように鳴いたり、んーー!と延びをしたり。モフモフ膨らんだり。表情豊か。




\・・・/

見返り美鳥






一度家に戻って、一休み。午後に再び、谷根千エリアのカフェへ。初めましての方々と打合せ。デザイナーさんが「とと姉ちゃん」の冒頭映像の私の絵をみて(私の絵で、と)ご提案くださったようなのだけれど、その後に「あっ!あの仕事のときの絵描きさんだ」と思い出したんです、と、2009年の仕事のお話をしてくださる。 



私の記事も載っている「栄養と料理」のライターさんが、2008に書いた記事が、私の作品が載ったのと同じ雑誌に載っていたことなど、思いだす。後で会うことになるとは知らずに色々、ご一緒してるんだなあ、なんて。                  


打合せをしていたカフェ・ノマドに貼って頂いていた「とと姉ちゃん」のポスターは、今日回収して、家に貼り直す。実を言うと、前まで家に貼ってあったポスターは一昨日まで個展を開催していた奈良に旅に出ていて、もうすぐ戻ってきます。同じ壁に、同じ顔が戻ってきたけど実は別の一枚、という。もうすぐ帰ってくるもう一枚、どこかに貼ってもらえたらいいけど。             



2016/06/13

文化学院・専門課程で講義「脇道にそれるということ」







母校の文化学院で講義をしました。専門課程の生徒たち対象でした。
授業をするのは2009年に高等部の授業をして以来、二回目。当時まだ
お茶の水に校舎があって、そのときの校舎も私が通っていたときから
改装されていたのですが、今回は両国に移転したあと、初めて訪れる
機会となりました。まだ行ったことがない母校へ、地図をみながら 
行くというのは少し不思議な体験でした。            





「脇道にそれるということ」という主題で、約70分間 
お話をしました。あれこれ、メモをして行って、一人
喋り。絵を描く仕事をしている私が母校で学んだのは
文学だったこと、美術家になるには美術科にいかねば 
なれないのかどうか、みたいなお話。初個展を出来た 
のも、欧州旅に行く後押しになったのも、母校の学園 
祭の日があった日があってこそ、という話とか。  







驚いたのは、授業前に私の略歴が書かれた印刷物をみた女子生徒が
私が初個展をしたのが1998年と いうことを読んで「あ、生まれた
年だ〜」と言ったこと。そうか、画業を始めて18年も経つのかー。
なんて。…あ、話が脇道にそれました。            









90分授業、残りの約20分は、昨日まで開催していた個展に合わせて、
制作した「貼り絵の作りかたのページをお配りしてワークショップ
的に手を動かしてもらいました。今日、我ながら説得力があったな!
と思ったのは「美術家になったら絵だけ書いてればいい、作品を見て
もらえればワカルでしょ?ってわけじゃなくて、言葉で表現する事も
求められたり、しなければならない状況になってくる。まさに私が今
こうやって人前で話をするように、言葉での表現も必要になることが
あるのです」というくだり。(アドリブ)。「お聞きになって分かる
通り、私はあんまり人前で話をするのは上手じゃないんです」。本当
ひさしぶりに緊張しましたよ。一瞬。お聞き苦しくてごめんなさい。
あ、思ったよりちゃんと話せてるぞ!という瞬間も時々あったので、
自分を褒めてあげたくもある。日々あれこれ異分野の打診がなげかけ
られ、有難いことです。そうそう、ちなみにこれも「とと姉ちゃん」
がきっかけで打診された講義でした。ドラマガイド女性自身、  
ステラ栄養と料理、の次?5回めか。終業時間のチャイムが鳴り、
なじみのない両国の駅を出、馴染みのあるお茶の水で途中下車して、
一呼吸おいてから帰宅しました。色々(場所や校舎や)変わった事も
多い母校ですが、素敵な学校・文化学院→(参照)に入学してくれて
いる生徒に、拙いながらも話をしておきたいことはダダダッと伝え 
  られたかしら、どうだろう。