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2020/10/30

東京で大津絵を見る

 



2020/10/30:ふと、東京ステーションギャラリーいま何やって
るのかな?と調べると、まだ(もう終わってるかと思ってたけど)
大津絵やってるんだ!いこかな…。と思い立って、出かけました。



いや、まてよ?コロナ禍、予約制かな?と調べると、コンビニで
時間帯を指定して予約しろと→まだ今日の分、買えた!(本当、
今までみたいに「ふらっと」美術館いけないんだなぁ…)。  



さぞやソーシャルディスタンスを保てる人数しかいないのだろう
という期待はハズレで、結構人がいたり、咳したり鼻をぐすぐす
いわせてる人もいたのでサラッと見る。新型コロナウイルス感染
警戒!というかんじになってから久しぶりの美術館でした。  

大津絵の素朴さ、好きなんですよね。以前、大津で見たときの 
ことなどはこちらでどうぞ→ 【 tsujikeiko.blog../ootsue 】 


余談ですが


展示室を出たところの窓から見える景色がドラマチックでした。






2020/08/19

学生時代、授業中に模写した中世絵画のこと





2020/08/19:学生時代のノートなどの整理。
西洋文化史だったか、の授業中に中世の絵画
資料などを書き写していたみたい。西洋の絵画
というと写真のように精密な、写実的なものと
いう印象があるけれど、この時代のものは技巧
的でないというか、素朴さが大好きです。以前
滋賀で実物を見られた大津絵にも通じるものが
ある気がします。*今度、東京ステーション 
ギャラリーでも大津絵の絵があるそう!です。
巻頭の方はぜひ。             




配られたプリントにも、ぎっちり模写が。


真面目に授業受けてたのかな?(笑)


私は文学科の生徒でしたが、"やった!
美術史的なことが学べる!"と履修した
授業だった気がします。懐かしや。 


2018/05/09

松尾芭蕉による、大津絵についての俳句を見つける






5/9:イベントの準備作業を進める。なんとなく
文字が書きたくなって、前は与謝野晶子だった
けど、この日は松尾芭蕉、で検索。(かなりの
余談ですが、松尾芭蕉は、私の先祖と同郷・ 
三重県の、伊賀忍者で有名な・伊賀出身)。 
すると、先日、叔父との二人展の帰り道に、 
滋賀県で見た「大津絵」を主題にした句が  
見つかって、嬉しかった。大津絵、好きなの 



\あら、いい句じゃないの/

叔父さんとの二人展は、もうすぐ巡回展が
開催されます。こちらの準備もしなくては
いけないな、と、やや焦る。作品は、美旗
の会場(堤側庵)と同じ・展示スペースが
前よりも少ないのですが、絵本や絵葉書が
おかげさまで、補充が必要なのです。が、
頑張ろう・・・。ちまちま作業は続く。 




2018/02/24

三重での二人展の帰り道・寄り道ばなし





2/24:三重出張から、東京に戻って来ました!
更新が遅くなってしまいましたが、叔父との
初めての二人展は、この投稿を更新している
28日が最終日です!作品は、この後、数カ所
(おそらく2ヶ所)巡廻予定です、詳細は、又!
↓  



羅介の染付器てん・辻恵子作品展
会期:2018年2月23日(金)〜28日(水)
時間:11時〜18時
会場:堤側庵(ていそくあん)ギャラリー
住所:〒518-0611 三重県名張市新田(しんでん)



さかのぼって辿って行くと、この旅の行きは見逃した?
曇ってわからなかった?富士山が、帰り道は綺麗〜に、
見えました!音楽をシャッフルして聴いていたら、偶然
富士山が近づいた頃に、「とと姉ちゃん」のサントラが
流れたのにはびっくり。*物語の始まりは浜松が舞台。





新幹線に乗る前に、叔父の家がある滋賀県の
大津絵美術館へ出かけました。美術館という
よりも、お寺のコレクションを拝見できる 
資料室といった感じ。素朴で、筆使いが  
ダイナミックで、アーティスト然としてない
ところも好き。当時は、お土産物?作家性と
いうより無名の職業技のような…と、書いて
いて、2004年に南伸坊さんが私の切り絵に 
ついて書いてくださった文章の中に、通じる
ような記述があるのを思い出した。親近感、
なのかしら?              



「しかもアートだ芸術だと大上段に振りかぶらずに、
ちょっと冗談でもいうように、サラッと…」と。




そうそう、これこれ、この感じ。
奇をてらってなくて、楽しそうな
筆使いで(ばばば!と乗せてく 
ような)、言ったら当時は土産物
のようなものだから人懐こさの 
ようなものがあり、いかめしい・
お高くとまった感じがない。  




いくつか定番のモチーフがあったり
する。私が思い描く「大津絵」とは
タッチが違う、ちょっと上品なもの
や、ディズニーアニメに出て来そう
コミカルな絵もある。      



左の絵の中のナマズなんか、赤塚不二夫(ニャロメとか)っぽい?


ニャロメ!!―「もーれつア太郎」より (ちくま文庫)



あと、大津絵ではありませんが円山応挙の絵が
割とカジュアルに飾られてたりして、面白い。




右のウサギの絵は大津絵美術館の所蔵品なのですが、左の写真は 
その近くの「三尾神社」にて。 埼玉の「調神社」みたいに、  
水吐くウサギが居りました。  


2018/02/21

二人展の設営日:大津絵と浮世絵と先祖の話






2/21:いよいよ、叔父との二人展の設営日。美旗駅から
会場の堤側庵(ていそくあん)ギャラリーまで、叔父の
車で送ってもらう。とても迫力のある建築物です。  




前に徒歩20分くらいかかるのかな?とツイッター
などで発言してしまっていたような気がするの 
ですが、徒歩の場合は最寄り駅の美旗駅から、 
約12分(Google調べ)〜15分(by画廊の地図)位。
り駅の改札を出て、大通りに出たら左へ、しばし
直進して、新田の交差点に出たら右折、ひたすら
まっすぐです。お車の方は、新田の交差点から 
来た場合は、画廊の斜め手前に駐車場が    
ございますのでご利用ください。       



今回は「羅介」(らかい)としての、絵付けの作品だけですが、
切り絵作家・山本高史としての叔父の切り絵作品のような建物。



この写真の作品は、伯母の家にて撮影しました。





叔父との(初めての)二人点!なのですが、
堤側庵ギャラリーは大きな展示室と小さな 
(といっても、十分大きい)展示室があり、 
叔父の作品は大きな展示室に、私の作品は 
小さい方の展示室に、と分けて飾りました。
すっからかんだった空間が、あっという間に
絵付けの作品で埋められていくさまは凄い。
毎年のように、叔父は堤側庵ギャラリーで 
展覧会を開いているそうで、展示されて  
いる器の中にも、売約済みというか、前年に
発注を受けて描いたものなどもありました。
私もどれか、欲しいなと思ってるのだけど、
ズキュン、と来たのがもうすでに予約済み、
なんてこともありえるなあ・・・。    



私の展示室はこんな感じに仕上がりました。最近、設営作業は大抵、
どなたかにアシストしてもらうことが多いのですが、       


今回は大きな壁の設置など助力いただきつつも
実作業は、ほぼ一人で。最、近やってもらって
ばかりだったもので、「あ、まだ出来るんだ」
自信がつきました(笑)。*上の写真は、
での頼もしい人々。その節はありがとう!…
と、余談が長くなりましたが「羅介・辻恵子の
二人展」は23日から始まります!ぜひお越し 
ください!初日は私も在廊いたします。   
↓  



羅介の染付器てん・辻恵子作品展
会期:2018年2月23日(金)〜28日(水)
時間:11時〜18時
会場:堤側庵(ていそくあん)ギャラリー
住所:〒518-0611 三重県名張市新田(しんでん)







明らかに作品点数の多い叔父の方が早く終わって、
続いて私も設営完了。一息つきながら、業務連絡を
して(作品はこの後も数カ所巡回予定らしいので)
そういえば、お願いしたいことがあるのだ、と私。
素朴な可愛らしさがあって好きな大津絵が見たい!
のです、と。叔父は三重で育った人ですが今は、 
滋賀県在住なので、帰りに一泊させて頂きたいな、
と頼んであったのです。そんな話を聞いていた画廊
主の中内中(ひとし)さんが所蔵している大津絵を
見せてくださいました。印刷物じゃない、本物の 
大津絵、初めて見られて感動。西洋人風の絵がある
のは知らなかった。近江商人の話を叔母から聞く。
これもよかったら、と出してくれた浮世絵に更に 
驚く。歌川国芳ったら、え、美術館でガラス越しに
見るようなやつではないですか(と、もう触って 
しまっている状態で知らされる)。渦巻く黒の色の
迫力や、着物の模様、表情、すごいな。設営作業後
の、ご褒美のような感じでした。脳に栄養。   






画廊を後にして、車の中で私たちの先祖も
江戸時代に浮世絵師だったらしい、と聞き
自分の口から出た言葉「じゃ、(私たちが
絵描きになっちゃうの)仕方ないね」に、
少し笑ってしまう。久しぶりに会った叔父
夫妻なのに作業中はお互い真剣に作業して
話もできなかったので、夕食がてら話す。



昨年の秋に50回忌をした、私に似ていたと
いう叔母と、きょうだいのように過ごして
いた叔父から見ても、私と彼女はよく似て
いるそうな。彼女が機嫌の悪い時、良い時
の逸話を聞かせてくれた時に、はっ…(私
と同じだ)と気づいて、もうなんか、私に
なる前が彼女だったのかも、という戯言が
本当のような気がして来て、彼女が生きた
時間の二倍以上生かせてもらってる健康な
身体をくれた親たちと、危ない目に遭って
も生き延びる運をくれた誰かに感謝だ、と
しみじみ。大仕事が一段落してホッとした
こともあるけど、少し涙が出た。