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2020/08/19

学生時代、授業中に模写した中世絵画のこと





2020/08/19:学生時代のノートなどの整理。
西洋文化史だったか、の授業中に中世の絵画
資料などを書き写していたみたい。西洋の絵画
というと写真のように精密な、写実的なものと
いう印象があるけれど、この時代のものは技巧
的でないというか、素朴さが大好きです。以前
滋賀で実物を見られた大津絵にも通じるものが
ある気がします。*今度、東京ステーション 
ギャラリーでも大津絵の絵があるそう!です。
巻頭の方はぜひ。             




配られたプリントにも、ぎっちり模写が。


真面目に授業受けてたのかな?(笑)


私は文学科の生徒でしたが、"やった!
美術史的なことが学べる!"と履修した
授業だった気がします。懐かしや。 


2019/06/06

「僕はイエス様が嫌い」と「ジャンヌ・ダルク」を観る







6/6:ポスターを見て(主に題名でグッときて)気になってた映画「僕はイエス様が嫌い
みてきました。途中で、あ、こうなるんだろうな、と読めてしまったところもあるのだけれど
それも普遍的ってことなのだろうと思う。なんと22歳の監督なのだとか。余談ですが私の初個展
23歳の時、1つしか違わないけど映画というの多くの人が関わって、お金もかかって、おいそれと
映画監督にはなれないイメージ。職業を持って、二足のわらじで映画を作っているそう。そのせい
もあるのか、いい意味で肩の力が抜けているというか、鼻息が荒くない。淡々として、美しい。
その次の日だったか、BS放送でミラ・ジョボビッチ主演の「ジャンヌ・ダルク」を観ていた。
「僕はイエス様が嫌い」とは全然違う時代と内容だけれども、カミサマって、祈りって何、
人が本当に叶えたいこととは。大事なものとは。あれこれ考えながら観ていた。
「僕はイエス様が嫌い」の主人公はまだ幼くて、信仰があった上で入学したのではない
キリスト教系の小学校で、学校の先生にもらったカードに描かれた、十字架を
背負った男のことを知らない。理屈も何もなく無心で祈るポーズを
することで現れる「イエス様」。自分の祈りは、そんなこと
までいいの?ということまで叶ったり、本当に叶えて
欲しいときに出てこなかったりする。
あ、ネタバレになりそうなので、
映画館でどうぞ!



2019/05/09

ルート・ブリュック(Rut Bryk)展へ







5/9:駅でチラシを見かけてから、これは絶対みにいくやつ、と
決めていたルート・ブリュック展へ。前日、どいかやさんの
ツイートを見て、あっ!もう始まってたんだ!!となって。



チラシやポスター(余談ですが、聞くところによると
カワウソのつまみ本のデザインも手がけた方だとか)
に登場しているこの作品、てっきりライオンと思って
いたのですが、実はライオンに化けたロバ…でした。



お腹のとこに、ホラ!





似せたわけないけど、偶然:右上の人物像がなんとなく私に似ている気がして
嬉しかったり、魚のような形の頭部の女性などなど、線が気持ちよくスーッと
行きたい・行くべきところに行っている感じが良い。右下の、椅子の座面の 
白い部分は寝転がった子供です。すぽっと構図の中に収まっています。   








聖母や教会や天使など宗教的なモチーフも見られました。
(私がよく表現方法として用いる→)切り絵のように、陶の
板のアウトラインを家(鳥など)の形などにしたものも 
あって、親近感を感じたり、そのゆらぎのような、正確に
真っ直ぐ立っているわけじゃないのが(例えば右側の家、
少し傾いてるけど)気持ち良かったりする。そして、近く
で見ると、ガラス質の釉薬が透けて見えて、とても綺麗。



美は細部に宿る、だなあと見ほれました。


余談ですが:

ガラス質の釉薬というと、私のルーツがある
三重県・伊賀焼き物(伊賀焼)もそう。
苔むした池をのぞいている感じ。









初めて知った・初めて実物を見られたルート・ブリュックの作品は
具象のものも可愛らしいのだけれど、同じくらいに幾何学模様の 
シリーズも素晴らしかった。撮影禁止の展覧会終盤に大きめの  
作品があって、美しくて泣きそうになりました。イスラム教美術の
ような、例えば人間の形をしたカミサマじゃなく、聖地メッカの 
真ん中にある立方体(って何て言うんだろう、失礼があっちゃ  
いけないし…と調べたら、まさかの「立方体」と言う意味らしい!
です、Kaaba)…のように、具体的に何を表しているか直接的には
わからない分、その凹凸、色合い、幾何学模様の中に言葉を超えた
訴えかけるようなものがあり、例えば地球外生物が見たときにも 
オオ、ナンダコレハ!みたいに訴えかけるようなユニバーサルさを
感じる。宇宙、と言うか。その展示室は撮影できなかったので、 
こんな感じの作品ですよ、とわかる動画をどうぞ。       









2019/01/12

象すべり台〜美術館〜カテドラル〜「むにゅ」っとした枝





1/12の写真から:象すべり台、可愛い。



もう閉館後だったのですが、永青文庫美術館の外観を見物。
まるで北欧!(って行ったことないけど!私の【作品は】、
行ったことあるけど!→ スウェーデンでの個展の記事)。




開館してる時に又、来たいなあと写真に撮る。
ちなみに、この光景で一瞬、北欧に行ったよう
な気分を味わった直後、門を出た時の景色が 
下の写真:ザ・日本という雰囲気で、わああ、
脳内が(感動で)忙しかったです。     







永青文庫では今、「石からうまれた仏たち」という 
展覧会を開催中のようでした。会期中に行きたいな。


追記


1/17に再訪。この日は、違う道から:胸突坂経由で行ってみました。



坂の下には松尾芭蕉の住んでいたことがある関口芭蕉庵が。
(東京生まれ東京育ちですが、血というか)私のルーツが、
芭蕉さんと同じ三重県伊賀なので、おっ!となる。中には 
入らずでしたが、入場無料のようです。         





胸突坂を登るとすぐに永青文庫美術館が。建物の中は撮影禁止だったのですが、先日
外から見た時に感じたように、建物自体に迫力のような、人格?気配のようなものを
感じて、平日の夕方、他にお客さんが一人しかいない状態で見るのは少しドキドキ。
ヒトサマのお宅を勝手に探検しているかのような、あるいはこの建物という、一つの
イキモノの体内に入るかのような感覚で、失礼しまーす、と身を固くして作品鑑賞。



たとえ手のひらに乗るほどの小さな仏像でも、下から仰ぎ見るように作られて
いるのでは、と感じる。「手、長っ!」と帳面にメモしてありました。視覚的
効果として、なのか、何か謂れがあるのかと調べてみると、正立手摩膝相と 
いって手が長い=遠くまで手が届く(遠い人にも、慈悲?救いの手?が届け 
られる)ということらしい。                      



永青文庫の過去の展覧会の図録を購入。良寛!結構前のブログにも書いた、私の
好きな「戒語」の実物(手書き文字のもの)も、小さな写真が載っていて心が
踊る。梵字か?と思うような筆跡で、多分「りょうかん」と書いてあるのを 
真似して筆ペンで書いてみたりして。彼の文字はフワッと空気を含んでいる 
ようで、とても好きです。                       

*追記:書をする人に見てもらったら、ひらがなで
「りょうかん」ではなく漢字で「良寛」でした!



前に来た時は日が落ちた後でしたが、白い壁に枝の影も素敵でした。





近くの東京カテドラルにも立ち寄りました。丹下健三の設計によるモダンな大聖堂。
来たのは何度目か。クリスチャンじゃないけれど、しばし祈る。宗教かんけいなく、
祈るとは心情の整理なのかもと思う。目を閉じてアレコレ、(心の中で)ぶつぶつ 
いってたら心なしか、いつも、ここに来ると閉じた目の裏に浮かんでくる(なんて 
ことは滅多にないのですが)水の風景が浮かんできて、そのあと御賽銭的な寄付を 
入れると頂ける、くるくる巻いた紙に聖書の一節が書かれている、御神籤ちっくな 
ものの一言が、水関連で、おっ!となる。                   


乾いている人は誰でも、私のところへ来て飲みなさい。
私を信じるものは、聖書に書いてある通り、その人のうちから生きた水が川となって流れ出るようになる。 
ヨハネ福音書7章37〜38節

Let anyone who thirsts come to me and drink.
Whoever believes in me, as scripture says: Rivers of living water will flow from within him
(John 7, 37-38)




胸突坂を登って、坂の上の(というか山の上、というような
高低差があるのですが)永青文庫に寄って、カテドラルへ、
その後、また坂の下に下るように椿山荘(ホテル)の庭園を
散策。紅梅が咲き始めていました。春近し。       



川沿いの桜の木…は未だ春めいていなかったの
だけれども、金属で作られた柵に枝をもたげた
ようすが、本当は固いはずなのに:ふくよかな
女性の二の腕のように「むにゅっ」っと柔らか
そうに見えて面白かったなぁ、と思い出して 
図解してみました。









2018/03/01

サンプラー:少女の刺繍布展・梅の香り・大きな月





3/1:三重出張から戻り、間を空けず(ちょっと緊張した)
総会があって翌日、家でゆっくり休もうか?とも思いつつ
ちょっと外の空気を吸ってこよう、と神楽坂に出かける。
初めて入った工芸 青花(せいか)での「サンプラー:  
少女の刺繍布」展へ。主にオランダのもので、この布にも
アムステルダムの文字が。              



クロスステッチの刺繍も可愛らしいくて見入ってしまう。




作られた年を明記しているのを見て、思い出したのはこれ
4年前に初めて欧州に行った時(オランダ・フランスの作家
との展覧会で)に、フランスのお家には創建した年が、  
どーん、と書かれているのです。一つ上の写真のサンプラー
よりも、65歳若いのか、Le Poulailler(画廊の名前)!  




鹿!


絵も手仕事なのだけど、布に糸を刺す、というのは
絵よりもさらに、作り手の存在を感じる。かつて 
生きていた、200年以上も前の人の手。筆で紙に 
描くよりも、布に直接触れて刺すからかな?前に 
今森光彦さんが(さんも、私もそう思う)ハサミで
切り絵を作ることに関して、カッターで切るのとは
何かが違うのだと話してらした。手に密着した針が
別の手に持った布に糸を通していく距離、置いて 
ある紙にカッターで穴を開けていく(いわゆる) 
切り絵の距離感、と、ハサミも紙も手に持って切る
今森さんや私の切り絵の・媒体や道具との距離感、
について考えたりして。*答えはないですが。  



具体的に天使や鹿や鳥が刺繍されたものも
可愛らしかったのだけど、特にこの、一見
ただのパターンに見えるものも、よく考え
て見たら全て手で作られているのだ!と 
驚く。今なら機械で織ってしまうような、
緻密な模様。いただいた説明によると、 
袖口や裾の縁飾りを集めたものをバンド・
サンプラー、絵画的に構成したものを  
スポット・サンプラー、アルファベットを
縫い付けたのはアルファベテール、今回、
紹介されていたダーニング・サンプラーは
蘭語ではstoplap、オランダに多い図柄で、
布に開いた穴を目立たなく繕う時、目立た
ないように布の織り目を刺繍で模したもの
とのこと。なるほど!         



もう、なんかクラクラするくらい完璧な
手仕事。機械に甘やかされている現代に
おいて、この技術は眩しかった。一連の
写真を見たオランダの友人も、同様の 
サンプラーの写真を送ってくれました。
東北の「こぎん刺し」を思い出したりも
して、オランダの共に伝えたりとか。 



青花は建物自体も素敵で、東京都の
ど真ん中(新宿区)にあるとは  
思えない風情でした。ついこないだ
まで出張で行っていた(二人展の 
会場)堤側庵ギャラリーの瓦の景色
みたいだな、とも、もう建て替えて
しまった祖父や祖母の・古い木造の
家の匂いを思い出したり。    





サンプラーの展示は、3月11日まで
やってます。なかなかの見応え。

詳細はこちらでどうぞ:    





ところで出かける途中で、小鳥が
蜜を吸うために落とした梅の花が
綺麗だったもので、そっと拾って



手帳に挟んで、押し花にして、


まだ生しい感じだったけれどいく先々で差し上げました。
そうしたら、あ、いい香りがする!と教えてくださる方が
いて、嗅いでみると本当だ、春の香りがしました。   






帰り道は無計画に、地下鉄に乗って、降りて、一駅歩く。
途中で立ち寄った店に、お世話になった著者の方に似てる
人が!「…あ、別人か!」と一人で納得した直後に、声を
かけられ、自営業な女性同士の茶飲話。ほんの数秒でも 
ずれていたら再会できなかったんだな、とタイミングの 
さに驚く。ちょっと寄り道した帰り道、月の出が大きく
見とれました。満月の前の日だったようです。